右矢印青信号車の有過失裁判
過去に以下の記事で、右矢印青信号右折車と赤信号直進車の衝突事故が赤信号車の10割過失とならないケースを取り上げた。
このときに取り上げた事故の原典となる『自保ジャーナル2112号』を入手した。読んでみたところ、当該事故がいろいろと興味深い内容だった。そのためまとめてみた。
法や交通事故の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や紹介判例や弁護士サイトや保険会社サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。(2023年8月22日追加)
以下に抜粋している部分はいずれも、自保ジャーナルによるまとめからは抜粋せず、自保ジャーナルに掲載された判決文から抜粋している。
『自保ジャーナル』と言いながら、自動車保険には限定していないらしい。前身の新聞が「自動車保険ジャーナル」ということもあり、自動車保険がメインの模様。ただし火災事故損害賠償事件なども掲載されているようだ。
事故態様
3台の車両が絡む。下図のような事故となっている。
Y車とZ車による右直事故。Y車は右矢印青信号右折車。Z車は赤信号直進車。Z車は黄信号直進を主張していたが、赤信号と認定されている。
X車は赤信号停車車であり、一方的被害車。もらい事故と言える。タクシー会社所有の車両。
以下、X車の運転者をXと記す。YやZも同様。また、裁判当事者のうち、各車両保有会社や保険会社も運転者と同視して記載する。たとえばY車は社用車だが、Yの勤める車両保有会社も保険会社も同視して単にYと記すこととする。
なお、Z車の車両保有関係は個別に記す。他車運転危険補償特約の観点で特記することがあるため。以下の関係者がいる。
MはZ車の所有者
NはMの妹で、Zの交際相手
WはZ所有車(≠Z車)に掛けられた保険の保険会社
事件との対応
事件番号は、名古屋地裁令和2年(ワ)1112号、2455号、2482号。
順にA事件、B事件、C事件と呼称されている。
A事件は、XがYやZに物的損害賠償や休車補償などを問うもの。
B事件は、YがZの保険会社Wに物的損害賠償を問うもの。
C事件は、XがYやZに人的損害賠償を問うもの。
Xに対する人的損害は運転者に、物的損害はXの勤める会社に対するもののため、人的損害とそれ以外で事件が分かれている。
右矢印青信号右折車の過失
この事故には一度、過去の記事で触れている。
過去の記事で示したとおり、今回の事故では右矢印青信号右折車に過失が認定されている。この点について、判決文を抜粋して記していく。
まず、直進車Z側は赤信号進入ではなく黄信号進入を主張していた。これは否定され、赤信号進入と認定されている。判決文の以下の部分に示されている。
赤信号での進入が認定され、青矢印信号対赤信号事故であることが確定している。それにもかかわらず、青矢印側に過失が認定されている。自賠法3条に示される無過失の立証ができなかったのではなく、有過失と認定されている。
過失の認定は、判決文の以下の部分に示されている。
少し驚いたのは、対向車両の動静を容易に確認できると判断される条件として、単独車線の先頭車両だけに限られないという点。ネット記事を見たときには斜め読みしており、太字になっていなかったこともあって、この部分に気づかなかった。過去に書いた記事でも示した『別冊判例タイムズ38号』【113】修正要素 説明②を再掲する。
基本的には、先行・並進右折車がある場合には直進車の動静を容易に認識しえないと判断されると思っていた。先行車が遠く離れており、先行車追随と言いがたいような場合だけに適用されると思っていた。しかし、先行車追随の場合でも、直進車の動静を容易に認識し得ると判断できる場合もある、今回はそう判断されたといえそうだ。
下図のような位置関係だったのだろうと推測する。判決文に「先行車両が本件交差点の中央を右折通過した後」なら確認できるとあることから、先行右折車が交差点を完全に抜けていたとは思わない。そしてこの位置関係になれば、右折車から対向直進車の動静を確認でき、対向直進車の速度を考えれば停車せずに交差点進入してくることを予見でき、それを怠ると過失と認定されると言っているように見える。
先行右折車は、青矢印に変わる前、青信号あるいは青矢印前の黄信号のタイミングで右折しているように思う。直進車が黄信号進入を主張していたくらいだから、直前まで青信号あるいは青矢印前の黄信号だったろうことは想像つく。
個人的にはここ、先行右折車が青矢印に変わる前に右折開始したことがポイントと考える。そしてその限りで後続右折車の過失認定はやむなしと考える。
そう考えないと、右矢印信号を先行車に追随する場合でも、違法直進車の動静を注視する義務があることになる。基本的には以下の判断に沿うべきと思う。そしてこれは、右矢印青信号にもいえると思う。
右矢印青信号における「通常の前方(交差点内ないしそれに近接する場所)」が指し示す方向、それが先行車の状況で変わるのだと思う。
ここで以下の3つのケースを考えてみる。
先行右折車が右折開始時にすでに青矢印の場合
先行右折車が右折開始時に青矢印に変わる前の場合
先行右折車がいない場合
先行右折車が右折開始時にすでに青矢印の場合で、それに追随するケースを考える。先行車が交差点内待機のすえに青矢印を見て右折開始した場合だけでなく、青矢印右折の車列の中にいる場合なども該当する。青矢印はそれを妨げる交通が基本的にはなく、それが先行車含めて継続した状態にある。
この状況で「通常の前方(交差点内ないしそれに近接する場所)」とはどこか、後続車はどこを注視すべきか。それは、状況が逐次変化する先行車の挙動だと個人的には考える。たとえば先行車が交差点を抜けた直後に路外店舗に左折するなど、これに対応する義務が後続車にはある。つまり交差点右方を常時注視する必要がある。
そしてこの状況で、違法な赤信号直進車の動静を注視する注意義務はないと個人的には考える。運よく気付くことができれば停まるべきという程度の義務に留まると思う。下図のようなイメージだろうか。
次に、先行右折車が右折開始時に青矢印に変わる前の場合で、それに追走するケースを考える。たしかに先行車の動静には注視すべき。だが、先行車が青矢印で右折していないなら、青矢印による保護を受けて右折しているわけではない。それを妨げるような交通があり得る。そうなると、そのような妨害車両の存在有無に対して注意義務があるように思う。そしてそれは、対向直進車に対する注意義務を含むように思う。下図のようなイメージだろうか。
先行右折車がいないケースを考える。先行車がいなければ先行車の動静を注視する必要はなくなる。右折先に違法横断歩行者や転倒自転車などの異常がないことをざっと確認し、曲がる直前で再確認できれば事足りる。先行車がいるときのように常時確認する必要はない。加えて、先行車がいなければ交差点進入前に対向直進車の挙動を容易に確認できるだろう。
「通常の前方(交差点内ないしそれに近接する場所)」には、交差点手前から見た対向車方面も含まれそうに思う。下図のようなイメージだろうか。
なお、ケース3において第2車線に車両がいて対向車の動静を容易に確認できないような場合などは、特に減速して左右の安全を確認する必要はないだろう。
こういった、先行車の状況への考慮がない判決文のように見える。その点が気になる。該当箇所を再掲する。
この表現はむしろ「先行車に追随していたが、それでもなお、視線が通る位置関係にありさえすれば確認できるだろうし、確認し注視する義務がある」というニュアンスに見える。
この判決ではその点が気になる。判決文に書かれていないだけ、青矢印の車列の中にいるときまで対向赤信号直進車への注視義務があるという意味ではないことを願う。
休車補償
一方的被害者のX車は、タクシーだった。タクシーとなると、車両自体の損害だけでなく、車両が使えなかったことに対する補償の話が出てくる。これはA事件の一部となる。
他の一般会社であれば、単に代車をお願いするだけということになるだろう。代車に社名ロゴが入っていなくとも、ほとんどのケースで問題とはならないだろう。
しかしタクシー会社ではそうもいかない。ロゴもなし、社名表示灯もなし、社名表示灯がなければ空車と賃走の区別もなし、タクシーメーターもなし、こんな車を使うわけにはいかない。
だが休車補償は認められなかった。判決文の該当箇所を示す。
実害が発生しないことには休車損害は認められないということになる。
遊休車の発生理由はいろいろある。清掃や点検整備などをベースとした備えによるものもあれば、盛況でないことによるものもある。
いざというときの備えがあれば、損害は発生しないから賠償は認められない。いざというときの備えを怠っていれば、損害が発生し賠償が認められる。そんなモヤモヤ感が若干ある。
他車運転危険補償特約
ここが興味深かった。保険まわりはあまり知らなかったので、興味深く見ることができた。
他車運転危険補償特約は、他人の車両を運転する時の事故に備えた保険。自動車任意保険は車両に対して契約する。そのため、契約した車両以外を運転する場合には適用されない。その状況をカバーするのがこの保険となる。
以前に書いた記事で、この特約に少し触れている。
上の記事では、亡Gから運転を交代したAが事故を起こした。このAが他車運転危険補償特約を契約していれば、自身の所有車ではないG車を運転している場合でも、自身の所有車を運転している場合と同様に、亡Gの補償を行うことができた。このような場合に他車運転危険補償特約が効いてくる。
今回の事件で問題となるのは、特約の「他車」性。他車運転危険補償特約は、他人の車両を運転する時の事故に備えた保険。他人の車両とはどのようなものだろうか。
例えば夫婦でそれぞれ1台の車両を保有している家族があるとする。普段は自身の保有する車両を使用する。だが相方の車両を使うこともしばしばある。それから、家族以外の車を運転することにも補償を付けたい。この場合、自然に考えれば「任意保険+運転者限定特約(本人・配偶者限定)+他車運転危険補償特約」となりそうに思う。しかし「任意保険+運転者限定特約(本人限定)+他車運転危険補償特約」とも考えられないだろうか。相方の車両を運転する際に他車運転危険補償特約でカバーできるなら。
実際にはこのような契約とすることはできない。他車運転危険補償特約における他車とは、保険契約している車両だけを除外するものではない。家族使用など、普段から使っている車両、普段から使っていいと包括的に許諾されている車両も、他車とはみなされないようだ。このような場合、運転者限定特約の本人・配偶者限定や限定なしなどでカバーする必要がある。
今回のケースはどうだったか。争点となった保険の関係性は、以下のようになる。
関連して、この特約の内容を抜粋する。
争点は「常時使用する自動車」といえるかに絞られる。そして判決では、他車性が認められなかった。つまり、Z所有車の他車運転危険補償特約ではカバーできなかった。判決文の該当箇所を示す。
実質的な包括的使用許可のある車両かという点がポイントとなっている。その使用許可に基づいて実際に使用された頻度はさほど重要ではないようだ。
今回のケースで、Z車の運転者限定特約はどのようになっていたのだろう。
Z車には家族特約がついていた。Nには家族特約が適用できるからカバーされる。しかしZには家族特約を適用できないことに事故後に気付いた。そのため、Z保有者の他車運転危険補償特約に頼ることにした。このような経緯があるものだと推測していた。
だが、2019年1月1日に大手保険会社がこぞって家族特約を廃止したようだ。事故発生は2020年1月。保険契約期間は2019年3月から2020年3月。おそらく家族特約はすでに廃止されていたように思う。
Z車の運転者限定特約が限定なしなら、Zの事故はそれでカバーできる。それが適用できないから、Z所有者の他車運転危険補償特約を使おうとしたものだと推測する。
Z車の運転者限定特約が家族特約でも限定なしでもないとなると、あとは本人限定か、本人・配偶者限定か。どちらにしても、Z車をNが使用する際もカバーされないように思う。その点に疑問が残る。
あるいは、家族特約を残している保険会社を選んでいたのだろうか。
人物間の関係性が変わって車両の使用状況が変わったら、入籍などの形式的な変化を待たず、実質的な状況に合わせて保険を追随させる必要があると言えそうだ。
入籍を新婚旅行前に出さず、新婚旅行中に不幸があって、入籍していなかったことが問題になるという話を聞いたことがある。それと似たような、やってしまった感を覚える。