駐停車して車から離れる際の義務
2023年12月18日に山形県鶴岡市で、コンビニに車が突っ込む事故があった。これを受けて、駐停車して車から離れる際の義務についてまとめた。おもに誤発進防止に関わる義務と防犯に関わる義務を記している。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。
交通事故報道
きっかけとなった交通事故は以下のものとなる。
Youtubeチャンネルで取り上げられているコメントの中に、誤発進防止に関わる義務と防犯に関わる義務のものがあった。この点についてまとめることとした。
誤発進防止に関わる義務
Youtubeチャンネルのコメントには、エンジンを掛けたまま降車してもよいのかという意見があった。エンジンを切っておけば、今回の事故態様となることはなかった。この点を確認する。
エンジンを掛けたまま車を離れることは、道路交通法71条1項5号が絡む。この点を掘り下げる。
これを読み解くときに「等」の扱いが重要となる。法令用語における「等」とは、非限定列挙を表す。つまり、同様のものを列挙している、列挙されたものは例示にすぎない、例示に限定しているわけではない、このようなことを意味する。
それを踏まえると、道路交通法71条1項5号は以下のような構造になる。非限定なので、「等」には例示されているもの以外もぶら下がっている構造となる。
エンジンを止める、ブレーキをかける、形式的に何をやったかは重要ではない。それらを総合して、当該車両等が停止の状態を保つため必要な措置が講じられているか、措置の実効性が重要となる。
このあたり、裁判で以下のように示されている。
もともとの疑問に対する回答は……
エンジンを掛けたままの降車が即ち違反になるわけでない。さらにいえば、例示されているものすべてを行わないと違反になるというわけではない。
逆に、例示されているものをやっておけば違反にならないわけではない。
それは車の状況や周囲の状況による。
このような回答となるだろう。
エンジンを掛けたままの降車が即ち違反になるわけでない……とは
これは寒冷地でよく行われている。エンジンを掛けたままとしつつ、ブレーキを施し、施錠あるいは同乗者を残すなどして第三者が動かせない状態として、車から離れる。こういったことをしばしば見る。
例示されているものをやっておけば違反にならないわけではない……とは
坂道や凍結路などでは、エンジンを切り、ブレーキを施すだけでは十分と言い難い。ギアを傾斜と逆方向に入れる、車止めを併用する、こういったことが要求される場合もあるだろう。
なお、例示されている「原動機を止める」「完全にブレーキをかける」の一方を怠ることで、裁判で問題とされたケースがある。上に示した裁判では、以下のように続いている。
ただし、個人的にはそうとは言い切れないと思う。
この裁判は昭和38年、AT車が登場して数年後のもの。電子制御パーキングブレーキがない頃の判決。この頃と今とでは状況が変わっているように思う。電子制御でパーキングブレーキが掛かる。パーキングブレーキが掛かっていれば、アクセルを踏んでも発進しないように電子制御されている。このような状態なら、エンジンを止めなくとも措置は講じられているという判断もあるように思う。
考えると、条文中の「完全にブレーキをかける」という言葉にも時の流れを感じる。この言葉は、サイドブレーキを引く度合いによってブレーキの掛かり具合が変わることを念頭に置いた条文だと思う。電子制御パーキングブレーキだと前提はかなり大きく異なるように思う。
もともとの事故に戻ると、エンジンは掛かったまま、サイドブレーキも効いておらず、ギアも入ったままだった。当該車両等が停止の状態を保つため必要な措置が講じられているとはまったくいえない。けが人がいなかったことは幸い。
防犯に関わる義務
Youtubeチャンネルのコメントには、防犯視点のコメントもあった。エンジンを掛けたまま降車して、第三者による盗難を気にしていないのかなど。この点を確認する。
道路交通法71条1項5の2号
第三者による盗難には、道路交通法71条1項5号の2が絡む。この点を掘り下げる。
同乗者がいなければ施錠ということになる。同乗者がいれば同乗者を残すという選択もあると思う。
前項との関係で、エンジンを掛けたままで施錠するという選択はあるのかもしれない。ただ、エンジンを掛けたまま施錠するにはどうすればよいか。
スマートキー以前の物理的な鍵の場合、エンジン始動用に鍵を使い、その鍵を差したまま、スペアキーで施錠することができる。
スマートキーの場合、スマートキーに備え付けられたテクニカルキーを用いて施錠することにより、エンジンがかかったまま施錠することができる。
ただ、どちらもあまり現実的な施錠方法ではないように感じる。
いずれにしても、窃盗犯が窓ガラスを割る等すれば、乗り逃げすることができそうだ。これは「他人に無断で運転されることがないようにするため必要な措置を講ずること」を満たしているといえるのだろうか。
① エンジンは掛かったまま。施錠もされていない。ドアを開ければ、乗り逃げできる。
② エンジンは掛かっていない。施錠はされていない。鍵は助手席に置いてある。ドアを開ければ、乗り逃げできる。
③ エンジンは掛かったまま。施錠はされている。窓を叩き割れば、乗り逃げできる。
④ エンジンは掛かっていない。施錠はされている。なぜか鍵は助手席に置いてある。窓を叩き割れば、乗り逃げできる。
⑤ エンジンは掛かっていない。施錠はされている。CANインベーダーで施錠やエンジン始動のコントロールを乗っ取れば、乗り逃げできる。
①②は、盗難防止の措置ができていると言い難い。①②の違いは、盗むことのできる車かを容易に知り得るかということになりそう。エンジンが掛かったままなのに人が乗っているように見えない。①がより容易か。
⑤は、盗難防止の措置ができていると考えてよいだろう。
③④が、盗難防止の措置ができているとみなせるのか。このあたりに違反成否の境界線がありそうに思う。ただし、ここの判断を確認できるような書籍解説や裁判例は見つけられなかった。
運行供用者責任
自賠法では、人身事故の責任を車の持ち主に負わせている。これを運行供用者責任と呼ぶ。この点を掘り下げる。
法律では、自賠法3条が絡む。
これを解説するものに『三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』がある。
この話は盗難車の場合にも適用される。盗難された車両が交通事故を起こした場合であっても、車両の持ち主に責任が及ぶ場合がある。それは「自動車の運行についての支配権」、運行支配がどの程度及んでいるかということに絡む。
車両の持ち主の同意なく運転する行為は、無断運転と呼ばれる。これには2種類の態様がある。一方は、車の持ち主と運転者の間に一定の人間関係がある場合。他方は、車の持ち主と運転者が無関係の場合。これらのうち後者を泥棒運転と呼ぶ。
泥棒運転以外の場合、無断運転者の運転を容認していたといえるかが、運行供用者責任の成否に影響するようだ。雇用関係、家族、友人の場合などがある。下に示される最判平20.9.12では、父親所有、娘の友人が運転というケースで、運行供用者責任が認められている。
泥棒運転の場合、書籍では判断材料を以下のように記している。今回のケースに密接に絡むところでは、車両の管理を適切に行えていたといえるか、客観的に見て第三者が乗り逃げることを容認していた管理方法といえるか、それが判断となるように思う。
判断の中に、駐車時間とある。ただしコンビニに入店するようなケースでは、短時間でもダメだと思う。コンビニのような公的な場所での短時間とは、バックドアを開けて荷物を出し入れしている間に乗り逃げされたようなケースを指すように思う。
単に車が盗まれ、積載している物が盗まれるというだけに留まらない、事故の重い責任を負うということを理解してほしいと思う。
なお、窃盗にあった場合には即座に警察に通報を。前記のとおり、持ち主の運行供用者責任は、事故の状況(盗難との時間的、場所的関係)や盗難発覚後の被害者の行動(警察への被害届の提出等)が関係する。このうち、事故の状況は、被害者にはコントロールできない。しかし、盗難発覚後の被害者の行動は、被害者がコントロールできる。早期に届け出することは、車の運行支配の喪失を示す一助となり、運行供用者責任を負わなくて済む可能性を高める。
起こってしまったこと、起こしてしまったことを嘆くのでなく、その後の被害軽減に注力する。車の盗難に遭った場合でも、交通事故に遭った場合でも、あるいは車と関係のない人生の場面でも、同じことがいえる。
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