複数の罪の扱いに関する法令用語
複数の罪の扱いに関する法令用語についてのまとめ。
法条競合、包括一罪、科刑上一罪、併合罪など、複数の罪をどのように扱うかということに関連する法令用語をまとめた。刑法上の罪数処理と呼ばれるものにあたる。ここでは交通系の記事が多いため、交通を中心に記している。
なお、法の専門家ではないので、正確性に欠ける素人の感想と捉えてほしい。正確性を求める場合は紹介書籍や弁護士サイトや弁護士相談などで補完してほしい。
概念一覧
この記事で解説している概念を記すと以下のようになる。分類方法は学説によってやや違いがあるところ、山口厚氏の『刑法総論第3版』第9章「罪数」(p.391~)に沿ったものとした。ただし、太字のものに限定して解説している。
単純一罪
法条競合
包摂関係
特別関係
補充関係
交差関係
択一関係
包括一罪
吸収一罪
随伴行為
共罰的(不可罰的)事前行為・事後行為
狭義の包括一罪
接続犯
集合犯
科刑上一罪
観念的競合
牽連犯
併合罪
これらのうち、「単純一罪」「包括一罪」は、罪の成立に影響する。他方「科刑上一罪」「併合罪」は、罪の成立には影響せず、成立後の罪に対する量刑判断に影響する。
罪の成立に関わる概念
複数の罪に該当する可能性がある場合に、それらのうち、どの罪が成立するかという観点の概念を記す。
単純一罪:法条競合
書籍では以下のように解説されている。
たとえば道路交通法70条には、運転における一般的な注意義務が規定されている。
これとは別に、個別具体的なケースを想定した注意義務違反が多数、規定されている。たとえば交差点における注意義務は、法36条4項に定められている。交差道路が優先道路である交差点における注意義務は、法36条2項などに定められている。
法36条2項違反、進行妨害が成立する場合を考える。このとき、法36条4項違反や法70条違反も構成要件上は成立する。進行妨害が成立する場合、安全な方法で進行したと言えないから法36条4項違反が、他人に危害を加えない方法で進行したとはいえないから法70条違反が、構成要件上は成立する。
しかしこれらは法36条2項よりも一般的抽象的な規定となっている。一般的抽象的規定と個別的具体的規定がどちらも成立する場合、個別的具体的規定だけが成立する。今回の場合、法条競合により法36条2項だけが成立する。
この意味では、限りなく一般的抽象的規定たる法70条が成立するのは極めて限定的といえる。この点、以下の書籍解説および判例が参考となる。
包括一罪
書籍では以下のように解説されている。
包括一罪:吸収一罪
交通関連でいいケースが思いつかない。
よく言われるケースは、殺人罪(刑法199条)や傷害罪(刑法204条)の際に、相手の衣服を切り裂き、眼鏡が破損しても、器物損壊罪(刑法261条)が別途成立するわけではないというものがある。このとき、器物損壊罪は殺人罪や傷害罪に吸収される。
殺人罪や傷害罪は故意犯のため、器物損壊罪は構成要件上満たすものの、殺人罪や傷害罪に吸収される。他方、過失犯たる交通事故では、器物損壊罪には過失犯規定がないため、そもそも器物損壊罪が成立しない。
包括一罪:接続犯
たとえば、無免許運転などがこれに絡む。
ある人が無免許運転でA町→B町と運転、B町で用事を終えたのちA町に運転して戻った場合、何個の無免許運転罪が成立するか。
より細かく考えるなら、A町→B町の往路中にコンビニに複数立ち寄っている場合、どこまでを1個の無免許運転罪と考えるか。
より粗く考えるなら、日本一周の旅に出た場合、それらすべてを1個の無免許運転罪と考えるか。
この点、書籍では以下のように解説されている。
同一日に同一車両を運転する範囲の運転は、複数回の運転だったとしても、接続犯で包括一罪とされる。日を若干回った程度であれば、社会通念上一回の犯罪行為といえるかもしれない。何日もかけて日本一周ということなら、日数分の罪となりそうに思う。
2021年7月に無免許運転で事故を起こした東京都議を覚えているだろうか。事故直前の5月~7月、無免許運転を7回行ったとされている。公開されている裁判例(令和3特(わ)2650)を見ると、7回とも同一車両によるもののようだ。そして犯罪の日時を見ると、日付が重なっているものがある。
2回目「6月7日午前10時45分頃」と3回目「同日午後8時8分頃」、
4回目「6月16日午後1時11分頃」と5回目「同日午後3時52分頃」
しかもこれら4回は、同じ地域だったようだ。おそらく同じ場所に向かって運転し、同じ防犯カメラに写っていたものだろうと思う。するとこれら2組の運転は、それぞれ接続犯で包括一罪とされて、7罪ではなく5罪で量刑を算定することになるのだろうと思う。
もっとも今回、無免許運転の法定刑は3年以下に対して、求刑や処断刑は10月。量刑が単一の罪の長期を越えないようなものだった。厳密に算定するまでもないからか、量刑処理まわりは裁判結果に記載されていなかった。
刑の扱いに関わる概念
複数の罪が確定した後、それらの罪に応じてどのように刑を扱うかこれに関わる概念を記す。
科刑上一罪
科刑上一罪は、複数の罪に該当する場合に、刑罰を科すうえでは一つの刑によって処断することを指す。最も重い刑で処断することになる。交通事故を中心に考えると、多くは有期刑といえる。有期刑では、長期の長短で刑の軽重が決まる。
科刑上一罪は、観念的競合と牽連犯に分かれる。それぞれの内容はそれぞれの節に説明する。
科刑上一罪:観念的競合
一個の行為とは「時間的継続と場所移動とを伴う一連の運転」「一時点一場所の運転行為」といった範囲の行為を指す。別の記事で前者を線的、後者を点的と記した。ここでもその表現を用いることとする。
同じ長さの線的なもの同士、同じ場所における点的なもの同士、これらが観念的競合の関係となる。
上図の無免許運転や車検切れ運転は、線的な一個の行為によるもの。これらは観念的競合の関係となり、これらの中で最も重い刑により処断される。線的な交通違反には、以下太字のものがある。
上図の事故時に発生した、過失運転致死傷、信号看過、速度超過は、点的な一個の行為によるもの。これらは観念的競合の関係となり、これらの中で最も重い刑により処断される。点的な交通違反は、過失運転致死傷(7年以下)よりも軽い刑となっている。過失運転致死傷と観念的競合の関係にある罪はひとまとめにされ、最も重い過失運転致死傷の刑で処断される。
図に記されていないところでは、ひとつの交通事故で死傷者が複数いる場合なども、観念的競合の典型的ケースといえる。
ひとつの交通事故で死傷者が複数いる場合、死傷者ごとに過失運転致死傷や危険運転致死傷が成立する。これは、保護法益が生命あるいは身体であることによるもの。保護法益ごとに犯罪が成立する。
そして、それらの中でもっとも重い刑により処断することになる。一人でも致死がいれば致死の刑、全員が致傷なら致傷の刑により処断することになる。
科刑上一罪:牽連犯
複数の罪が手段と結果の関係にある場合に、ひとまとめに扱うというもの。住居侵入(刑法130条)や偽造文書行使(刑法158条、161条)が絡むものにおおよそ限定される。
交通事故まわりでは、これが適用されることはないと思う。
交通まわりでは、住居侵入(刑法130条)と自動車窃盗(刑法235条)の関係など。前者が懲役3年以下、後者が懲役10年以下のため、後者がより重い。そのため、窃盗罪(刑法235条)だけで処断されることになる。
併合罪
複数の罪に該当する場合に、刑の扱いの基本は併合罪となる。科刑上一罪の関係にない罪同士は、併合罪と扱われる。ここでは、確定裁判まわりの話は省いている。
先に記した図を再掲する。図の右に4つのグループが記されている。観念的競合×2と単独の罪×2。これら4つがそれぞれ、併合罪の関係になる。
ここでは交通事故を中心に解説しているため、有期刑をベースに解説する。有期刑の併合罪は、刑法47条に記されている。
過去につぶやいたことがあるところ、「最長刑の1.5倍、ただし刑の合計が上限」というよりは、「刑の合計、ただし最長刑の1.5倍が上限」と考えるほうが分かりやすいと思う。
しかしこれは誤解を招く可能性がある。量刑の算定においても合計するかのように捉えかねない。量刑の算定では、各罪を合計するわけではない。量刑の枠を決める部分だけは合算する。しかし、そのように定まった枠の中で量刑を定めるうえでは、各罪の法定刑は考慮に含めない。
違いを図にまとめた。
両者の捉え方の違いは、主となる罪の態様が極めて悪質な場合によく分かる。
上図のケース。過失運転致死傷の態様が、大幅な速度超過など、危険運転にも類する極めて悪質なケースを考える。対して酒気帯びは、政令基準をわずかに超える程度、常習でない、酩酊していないなど、酒気帯びとしての罪の態様を考えれば3年ではなく1年が妥当な程度というケースを考える。
誤った考えだと、過失運転致死傷には7年までしか刑を科せられないので、酒気帯びの1年と合わせて、最長でも8年しか科せられないことになる。
実際は、枠を先に計算し、10年という枠の中で刑を算定する。過失運転致死傷の態様が極めて悪く、危険運転にも類する極めて悪質なケースであれば、酒気帯びが軽いとしても枠の最長の10年の刑を科すこともできる。
最後に
あるYoutube解説を見ていて、安全運転義務違反が適用されることを過度に解説するケース、交通事故時の観念的競合の捉え方が適切でないケース、併合罪の計算が適切でないケース、こういったものを見た。そのため、勉強がてらまとめてみることとした。
罪数処理は『伊藤真の刑法入門第6版』で読んだきりで、読み返していなかった。山口厚氏の『刑法総論第3版』を読んだところ、かなり掘り下げつつも分かりやすい印象を受けた。吸収一罪は法条競合でなく包括一罪で扱うべきなど、学説対立のある部分に対しても納得感のある説明が多かった。
なお『伊藤真の刑法入門第6版』では、吸収一罪は法条競合で扱っている模様。
山口厚氏をどこで知ったか覚えていない。記憶では、エコーニュースの音無ほむら氏が賞賛していたように思う。比較的最近、ここ1年以内くらいだったように思う。検索に引っ掛からないことを考えると、noteではなく動画のどこかで語っていたのだろうか。
『刑法総論第3版』の簡単な感想。入門書よりはもちろん読みごたえはある。記載内容もそれほど難しくなく、ちょうどいい、楽しめるくらいに感じた。