てんかんと運転免許と交通事故
2023年11月21日に福岡県宇美町で発生した交通事故を受けて、てんかんと運転免許と交通事故についてまとめた。以下のつぶやきを掘り下げるものでもある。
なお、交通法規や医療の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、弁護士サイト、医療サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談や医療従事者のご友人の情報などで補完してほしい。
事故態様
福岡県宇美町で発生。2023年11月21日、朝の通学時間帯の事故。夜勤明けの帰宅途中の車が、通学中の高校生の列に突っ込む事故態様。意識不明者が一時出るも回復。最終的に9人が重軽傷。
約60m手前から逆走状態で走行、減速なく対向車線側歩道にはみ出し、歩道を通過、交差道路のブロック塀に衝突。逆走状態では意識のない状態だった模様。下図のような位置関係。
報道初期には、車の運転者による夜勤明けの居眠り運転かなどの憶測もあったと思う。しかしその後、車の運転者がてんかんの持病を持っていることが判明したと報道された。そのため、てんかんと事故との関係が問われることになる。
なお、事故現場は以下の場所。福岡県の県道60号線の上宇美バス停付近。南西から北東方向に向かって反対車線側の歩道、およびその先の丁字路。バス停の案内板と自動販売機の間を擦り抜けた模様。
つぶやきの根拠
以前のつぶやきの根拠を記しておく。
前提知識
原因も病態も多様なものが、てんかん症状を繰り返して発症する病態を持つという理由で一括りに、てんかんと呼ばれている。書籍では以下のように説明されている。
主となる病態にてんかん発作があるというだけで、原因となるものによって異なる病態を示す。まずこの点の理解は欲しい。そうしないと大きく見誤る。
Youtubeの交通系チャンネルを見ていると、先天性、幼少あるいは若年で発症、このようなイメージの人が多い印象を受ける。そうではない。先天性もあれば後天性もある。この点の理解も欲しい。
発症年齢
前節の理由により、発症年齢も原因によってさまざま。
『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』の第3章には、てんかんの分類が記されている。この書籍から、成人でも発症する分類のものを抜粋する。ただし、主となる発症時期が未成年で、成人といっても20代を含むといった程度のものは省いた。
脳卒中などの脳血管病変に起因して発症するケースがある。このようなケースは、年少者よりもむしろ高齢者に多く現れる。「子どもの頃に発症しなかったから無縁……ではない」と書いた理由に直結する。
厚生労働省の発表している情報では認知症も原因にあげられている。ただし、運転免許との関係でいえば、認知症で運転免許を許可するのはあり得ない。そのため、運転免許や交通事故との関係を主題としたこの記事では、それほど考える必要はないだろう。
外傷に起因して発症するケースもある。主題としている交通事故との関係でいえば、てんかん→交通事故加害もあれば、交通事故被害→てんかんの後遺症もあるということになる。交通事故で起こり得るとなれば、どの年齢にも起こり得ることは想像つくと思う。
『新版注解交通損害賠償額算定基準』P.219には、後遺症による遺失損益に節建てて、てんかんが記されている。ただし、てんかんが裁判の争点となることは多くないとある。精神機能の障害や麻痺などとまとめて評価され、単独の評価になることは少ないと説明されている。ただし、てんかん発作以外の精神機能障害が目立たず、てんかん発作が目立つなら、十分に争点となり得る。
最後に、法制審議会議事録での医師による説明を記しておく。
自動車運転死傷処罰法の3条2項には、特定の病態のおそれがある状態で運転し死傷事故を起こした場合に危険運転とする条項が定められている。この法改正に先立つ法制審議会で、てんかんの発症年齢に関する説明がある。これを見ると、さまざまな原因のものが含まれていると分かる。
有病率
つぶやきでは文字数との関係から大雑把に、約1%と書いた。『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』には以下のようにある。
有病率は0.53~0.88%となる。1%には満たないものの、200人に1人と考えればそれほど稀とはいえない程度に思う。お住いの市区町村の人口を200で割って、お住いの市区町村に何人くらいいるのかを確認してほしい。
薬物治療による発作5年完解率
記憶では約70%だった。そのためネットで見かけた情報をそのまま用いて70%とつぶやいた。『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』には以下のように説明がある。
完解できる人は少ない。多くの人は、抗てんかん発作薬を一生飲み続けることになる。しかし、そのように薬を飲み続けている人の半数以上は、発作を完全に抑えることができると分かる。
つぶやきの根拠の補足
つぶやきを補完する形で説明した点以外に、補足をしておく。
原因も病態も多様なものが、てんかん症状を繰り返して発症する病態を持つという理由で一括りに、てんかんと呼ばれている。このように書いた。ここでは病態の多様さを補足する。
前述の説明を再掲する。
脳波の異常とある。そして、脳内のどの部位に影響があるのか、つまりどの部位の脳波に異常が発生するかは、原因によって異なる。
感覚系と運動系のどちらか、運動系のどの部位を司るか、どの部分に異常が発生するかによって、てんかん症状は全く変わる。意識消失の有無も変わる。
書籍から、外側側頭葉や後頭葉や前頭葉の病態部分を抜粋する。前の項では年齢に注目していたため、病態を取り上げなかった。以下を見れば、それぞれで病態が大きく異なることがわかると思う。
運転免許との関係
現行法制に至る経緯
従来てんかんは、運転免許を取得することができなかった。絶対的欠格と扱われていた。
免許取得資格を欠いていることを欠格という。病名などの基準で一律に欠格を判断することを絶対的欠格という。対して、特定の病気に罹患している場合でも、病状に応じて個々に欠格を判断することを、相対的欠格という。
その後、2002年に相対的欠格に改正されている。このあたりの経緯は、『臨床神経学』52号11号「てんかんと法制度」(2012)に記されている。
障害者権利条約の制定にあたって、起草会合など積極的に関わった日本としては、国内法の整備を積極的に進める必要があったのだろうと推測する。なお、条約の関連部分は以下の条文だろう。
現行基準
現行法でのてんかんの運転免許取得更新の基準を記す。
法令は以下に基づく。
許可する基準は以下に基づく。
これは、警察庁の施策を示す通達(交通局)で公開されている通達、令和4年3月14日、文書番号「丁運発第68号」、「一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について(通達)」に記されている。
(ア)は完解を指す。日本てんかん学会は、この状況にある者は既にてんかんに該当しないとしている。狩猟免許などでも、この分類にある者は取得を問題とされない。
(イ)は薬物による発作抑制を指す。抑制継続期間2年以上となっている理由は、調べてもはっきりしなかった。ここは次節で掘り下げる。
(ウ)について。てんかんは発作に関係する脳の部位がどこにあるのかで大きく変わる。単純部分発作で、嫌なにおいがするなどの感覚障害、運転に影響しない局所的軽度の運動障害、こういった程度に収まるものなら、運転には支障ないといえる。
(エ)について。前頭葉てんかんでは、睡眠中が多いと書籍には説明がある。睡眠中に限られる度合いがどの程度かは、書籍からは分からなかった。
いずれにしても、道路交通法66条の観点がある。たとえば(イ)の場合、抗てんかん薬を飲み忘れた場合などは格別、そうでない場合でも、挙児を希望しているなどの理由により抗てんかん薬を医師相談のもと減薬するなどの状況では、運転を控えるべきと思う。薬物治療の状況が変わった状況下での発作抑制継続2年の実績はなく、「正常な運転ができないおそれがある状態」と考えるべきと思う。
現行基準:発作抑制継続期間
運転免許が認められるには、発作抑制継続期間が2年以上必要と記した。この年数の根拠はよく分からなかった。
おそらく、一般事故と比較して、有意に事故発生が高いと言えない程度の発生率で以って、社会が許容すべきと判断される発生率、それに至る発作抑制継続期間によって年数を規定しているのだと思う。ただそれを示すような統計等の情報は見つけられなかった。
『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.234に、発作抑制の継続年数と、断薬後の発作再発率に関する調査結果が記されている。発作抑制2年以上の者を「治療継続群」と「断薬群」に分けて比較している。これによると「治療継続群」の2年以内再発率は22%とある。つまり、発作抑制2年という実績だけでは、以後2年間の発作を十分に抑えられる保証とはならないことが分かる。ここを掘り下げた解説は、この書籍内では確認できなかった。
『てんかん診断ガイドライン2018』P.113でも同程度の記載に留まっている。参照している調査も同じものだった。なお、この書籍は分冊版なら日本神経学会から無料でダウンロードできる。
30年前以上前、てんかんが絶対的欠格事由と扱われていた頃に実施された調査結果がある。これらは日本てんかん学会の発行している学術誌『てんかん研究』に掲載されている。調査は2度行われており、2度目の調査は1度目の追跡調査となっている
1度目は「てんかん患者の自動車運転に関する実態調査」(1989年)、
2度目は「てんかん患者の自動車運転に関する追跡調査」(1990年)から入手できる。
このうち後者には以下の記述がある。
諸外国の基準に合わせた可能性があるのかもしれないと思った。
なお、『臨床神経学』52号11号「てんかんと法制度」(2012)によると、欧州や米国の基準は日本よりも甘いことが記されている。非職業ドライバー、薬物治療による発作抑制を前提とすれば、欧州は半年、米国も州に依るが多くは半年で、免許が許可されているように見える。上にあげた『てんかん研究』よりも新しいため、より最新の情報に近いものと思う。
交通事故加害者の法的扱い
てんかん発作を抑制できていない者が死傷事故を起こすと、危険運転致死傷罪に問われる可能性がある。下図の平成25年(2013年)改正、自動車運転死傷処罰法制定のときに定められた。以降では、状況を分類し、それぞれの状況での刑事と民事の法的扱いを取り上げる。刑事は、危険運転と過失運転の分水嶺がどのあたりにあるかも取り上げる。
状況の分類
交通事故加害者の法的扱いを考えるうえで、多くの論点がある。『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』P.353に、病気に起因する事故は発生した場合の捜査事項が記されている。
これらの要素を意識して状況を分けると、以下のように分かれると思う。
① 治療なし
①A 初回発作あるいは病識なし
①B 病識あり、無治療
② 治療中
②A 発作抑制できていない状態(処方薬飲み忘れ含む)
②A1 免許更新前
②A2 免許停止中
②A3 病状申告なしの免許更新
②B 発作抑制状態
②B1 免許復帰済
②B2 免許停止中(②Aでも同様)
②B3 病状申告なしの免許更新(②Aでも同様)
③ 完解あるいは運転に影響のない症状
補足:医師の診断が前提
このうち、①Aでの発作は仕方がないと考える。「法は不可能を強制しない」という言葉がある。予兆もなく発生した発作に対して、予見義務は発生せず、結果回避義務も発生しないと考える。ただし速度超過等の違反があれば、過失運転致死傷罪もあり得るかもしれないと思う。結果発生を困難なものとした、結果の度合いを強めた、そういった部分の刑責を問われることはあると思う。
①B、②A、②B2、②B3は擁護できない。これは異論がないと思う。実際、これらの場合、危険運転致死傷罪に問われる可能性もある。また、②B2には無免許による加重処罰が科される。②B3の場合も、正当に取得した免許ではないため、無免許による加重処罰が科される可能性はあると思う。
人によって考えが変わるのは、②B1、③と思う。先の通達と照らし合わせると、②B1=イ、③=ア・ウ・エなる。個人的には、当該発作に予兆がないなら、仕方のない範囲と思う。しかしながら、予兆があるにも関わらず運転を継続したとなると、危険運転致死傷罪に問われることもあると思う。
刑事:危険運転致死傷罪の適用
分類のうち、①B、②A、②B2、②B3について。
これらは危険運転致死傷罪に問われる可能性がある。条文を記す。
①Bは病識があるため、治療していないために病名を知らないとしても、該当する可能性はあると思う。『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』P.353には、食事中にボーっとして箸を落とすことがあると家族から注意されたことがあるなどのケースが記されている。
②Aは治療中で発作抑制できていない状態。この状態で医師は運転を許すことはないだろうと思う。その場合、運転によって「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当する可能性は高いと思う。
免許は取得や更新できているものの、抗てんかん発作薬を飲み忘れている場合、この場合も②Aに含めるべきと思う。そのため「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当する可能性は高いと思う。『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』P.196には、血液を採取し、血中濃度が処方薬の有効血中濃度となっていたかを調べておく必要があると記されている。
②B2は免許復帰できていない状態。無免許運転による加重処罰が科される。②B3は、正当な手続きのもとに免許取得あるいは更新したわけではないため、無免許運転と扱われるかもしれない。また、医師から発作抑制できているとお墨付きの上で免許取得あるいは更新できていない段階のため、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」から脱していないと考えるのが妥当と思う。
無免許運転による加重処罰は以下のように定められている。
てんかん発作で適用される自動車運転死傷処罰法は、3条2項だった。
2条と3条はどちらも、危険運転致死傷罪を定めたものとなっている。両者の違いは、量刑の重さにある。2条よりも3条はやや量刑が軽くなっている。しかし、3条だけでなく無免許運転による加重処罰が適用されると、2条だけの場合と量刑の重さはほとんど変わらない。
2条は、負傷15年以下、死亡1年以上の有期(20年)
3条+6条2項は、負傷15年以下、死亡6月以上の有期(20年)
死亡時の短期が異なるだけで、ほとんど変わらない。
刑事:危険運転致死傷罪の不適用
分類のうち、②B1、③について。
②B1は、薬物治療により発作抑制され、発作抑制期間によって免許取得あるいは更新が認められた状態。この状態である限り、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と扱うのは適切でないと思う。
③は、完解あるいは運転に支障のないタイプの発作。こちらもまた、免許取得あるいは更新が認められた状態。②B1と同様に、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と扱うのは適切でないと思う。
これらを「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と捉えるとはどういうことを意味するか。それは、治る病態の病気を病名だけで治らないと決めつける、抑えられる種類の症状を抑えられないと決めつける、そのようなもの。それは病気に対する偏見だと思う。これが、2002年の法改正、絶対的欠格から相対的欠格への改正の趣旨と考える。
これらのことから、②B1や③も、①Aと同様に扱うべきと思う。つまり、違反がなければ無罪、違反があれば過失運転致死罪もありと考える。
なお、当該事故時の発作に予兆があった場合はどうなるか。予兆があれば道路交通法66条に基づいて予見義務は発生し、結果回避義務も発生するように思う。道路交通法66条違反があったことになり、危険運転致死傷罪もあり得るように思う。
刑事:他の病気との関係
関連書籍で興味深く感じたのは、『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』P.210のケース。持病てんかん、免許不親告、意識消失、ここまでは②A3と変わらない。ここに加えて認知症が混ざると厄介なことになる。
危険運転致死傷罪の実行行為が持つ危険性が具現化したことが、危険運転致死傷罪の成立に必要となる。そのため、意識消失の原因が認知症にあれば、危険運転は成立せず、過失運転に留まる。仮に抗てんかん発作薬を飲み忘れている場合でも。
民事
刑事で罪に問えない場合、つまり①Aや②B1や③で、運転に違反がない場合。このとき民事賠償責任はどうなるだろうか。
人身部分は、自賠法3条の規定を受けて、賠償責任を負うことが多いと思う。物損部分は、民法713条の適用を受けて、賠償責任を免責されることもあると思う。
所有書籍の中では、人身部分や自賠法3条について掘り下げた記述は見つけられなかった。弁護士サイトなどでは、賠償責任を問うこともできるとする説明が散見される。アウル東京、藤田・曽我法律事務所、デイライト法律事務所など。被害者保護を目的に加害者側の立証責任を強く求めているため、病気による心神喪失での賠償免責を適用しない傾向にあると説明している。
12月16日発売予定の『三訂 逐条解説 自動車損害賠償保障法』に載っているかもしれない。
物損については、所有書籍で掘り下げたものがある。
『交通事故判例百選第5版』34項、P.70~71では、宇都宮地裁平25.4.24(平23年(ワ)948)を取り上げている。鹿沼児童6人クレーン車死亡事故と知られる。裁判例検索では見つからず、判決文の全文は見ていない。
この裁判自体は、抗てんかん発作薬の服用を怠っており、当人に過失が認められて当然のケース。大きな争点は他にあった。その点の説明は省く。ただし、この解説で物損を対象としていると思う解説がある。
この説明を見る限り、初回発作や病識なし(①)、服薬を怠っていない(②A1)、完解(③)といったケースでは、物損部分は免責されるように思う。
関連法令を下に記しておく。
最後に
自動車運転死傷処罰法が制定される直前の有識者検討会の議事録から抜粋して記す。発言者は、この記事の民事の節で取り上げた鹿沼児童6人クレーン車死亡事故、その被害者遺族会。
ここで語られている想いを忘れずにいたいと思う。