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てんかんと運転免許と交通事故

2023年11月21日に福岡県宇美町で発生した交通事故を受けて、てんかんと運転免許と交通事故についてまとめた。以下のつぶやきを掘り下げるものでもある。

なお、交通法規や医療の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、弁護士サイト、医療サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談や医療従事者のご友人の情報などで補完してほしい。


事故態様

福岡県宇美町で発生。2023年11月21日、朝の通学時間帯の事故。夜勤明けの帰宅途中の車が、通学中の高校生の列に突っ込む事故態様。意識不明者が一時出るも回復。最終的に9人が重軽傷。

約60m手前から逆走状態で走行、減速なく対向車線側歩道にはみ出し、歩道を通過、交差道路のブロック塀に衝突。逆走状態では意識のない状態だった模様。下図のような位置関係。

事故態様

報道初期には、車の運転者による夜勤明けの居眠り運転かなどの憶測もあったと思う。しかしその後、車の運転者がてんかんの持病を持っていることが判明したと報道された。そのため、てんかんと事故との関係が問われることになる。

なお、事故現場は以下の場所。福岡県の県道60号線の上宇美バス停付近。南西から北東方向に向かって反対車線側の歩道、およびその先の丁字路。バス停の案内板と自動販売機の間を擦り抜けた模様。

つぶやきの根拠

以前のつぶやきの根拠を記しておく。

前提知識

原因も病態も多様なものが、てんかん症状を繰り返して発症する病態を持つという理由で一括りに、てんかんと呼ばれている。書籍では以下のように説明されている。

てんかん発作は、脳の異常なニューロン活動による一過性の徴候または症状と定義されていて、脳波の異常によっておこるものです。てんかんは、てんかん発作を引き続き起こすと推測できる病態を言います。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.2

主となる病態にてんかん発作があるというだけで、原因となるものによって異なる病態を示す。まずこの点の理解は欲しい。そうしないと大きく見誤る。

Youtubeの交通系チャンネルを見ていると、先天性、幼少あるいは若年で発症、このようなイメージの人が多い印象を受ける。そうではない。先天性もあれば後天性もある。この点の理解も欲しい。

発症年齢

前節の理由により、発症年齢も原因によってさまざま。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』の第3章には、てんかんの分類が記されている。この書籍から、成人でも発症する分類のものを抜粋する。ただし、主となる発症時期が未成年で、成人といっても20代を含むといった程度のものは省いた。

4.内側側頭葉てんかん
 内側側頭葉てんかんは、高頻度に見られる成人の焦点てんかんです。……。内側側頭葉てんかんの最も多い病理は、海馬硬化です。海馬硬化症は成人の薬剤抵抗性側頭葉てんかんの最も多い病因でもあります。薬剤治療で発作消失に至らない症例では、早期にてんかん外科手術の適応について検討する必要がある症患群です。
……
 内側側頭葉てんかんの発症は10歳前~20歳くらいが多く、発症に性差はありません。……
 また画像検査などの発達により、以前は画像病変なしとされていた側頭葉てんかんの症例において、偏桃体腫大がある症例が報告され、最近では偏桃体腫大を伴う扁桃葉てんかんとして認識されつつあります。これらの症例の特徴は様々ではありますが、海馬硬化症を伴う内側扁桃葉てんかんと比較し、発症年齢が高齢(平均発症年齢は32~36歳)、……といった特徴を示します。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.162

5.その他よく診るてんかん
……
外側側頭葉てんかん
 焦点てんかんで、種々の原因により、あらゆる年齢層に発症します。
……
後頭葉てんかん
 焦点てんかんで、形成異常、脳血管病変、腫瘍、脳炎などの原因によってあらゆる年齢層に発症します。Gastaut型と呼ばれる遅発性小児後頭葉てんかんは素因性で、小児期に発症します。
……
前頭葉てんかん
 焦点てんかんで、主に皮質形成異常、腫瘍、外傷などの原因によって、あらゆる年齢層に発症します。……

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.172~173

脳卒中などの脳血管病変に起因して発症するケースがある。このようなケースは、年少者よりもむしろ高齢者に多く現れる。「子どもの頃に発症しなかったから無縁……ではない」と書いた理由に直結する。

厚生労働省の発表している情報では認知症も原因にあげられている。ただし、運転免許との関係でいえば、認知症で運転免許を許可するのはあり得ない。そのため、運転免許や交通事故との関係を主題としたこの記事では、それほど考える必要はないだろう。

外傷に起因して発症するケースもある。主題としている交通事故との関係でいえば、てんかん→交通事故加害もあれば、交通事故被害→てんかんの後遺症もあるということになる。交通事故で起こり得るとなれば、どの年齢にも起こり得ることは想像つくと思う。

新版注解交通損害賠償額算定基準』P.219には、後遺症による遺失損益に節建てて、てんかんが記されている。ただし、てんかんが裁判の争点となることは多くないとある。精神機能の障害や麻痺などとまとめて評価され、単独の評価になることは少ないと説明されている。ただし、てんかん発作以外の精神機能障害が目立たず、てんかん発作が目立つなら、十分に争点となり得る。

最後に、法制審議会議事録での医師による説明を記しておく。

自動車運転死傷処罰法の3条2項には、特定の病態のおそれがある状態で運転し死傷事故を起こした場合に危険運転とする条項が定められている。この法改正に先立つ法制審議会で、てんかんの発症年齢に関する説明がある。これを見ると、さまざまな原因のものが含まれていると分かる。

(産業医科大学神経内科医の説明)
また,てんかんの原因,病因というのは多彩です。ゼロ~4歳までで一番多いのは,40%以上の頻度として先天性の異常であり,奇形とか遺伝子関係のものが多い状態です。成長するにしたがい,スライドの赤は感染症ですが,脳炎とか,そういう感染症が多くなります。それがだんだん少なくなり,成人以降になると,ライトブルーの脳腫瘍が増えてきます。さらに45歳以上になりますと,脳腫瘍とともにグリーンの脳血管障害,一般的に言えば脳卒中です,が増加します。65歳以降は,脳の血管が閉塞したり,破断して出血したりする,そういう原因によっててんかんを起こすという病態になってきますので,いろいろな病気によっててんかん発作を起こすということになります。

法制審議会刑事法(自動車運転に係る死傷事犯関係)部会
第3回会議(平成24年12月4日開催)

議事録P.5

有病率

つぶやきでは文字数との関係から大雑把に、約1%と書いた。『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』には以下のようにある。

 てんかんは年間10万人当たり33.3人発病し、1,000人当たり5.3~8.8人の有病率と言われています。……

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』序文

有病率は0.53~0.88%となる。1%には満たないものの、200人に1人と考えればそれほど稀とはいえない程度に思う。お住いの市区町村の人口を200で割って、お住いの市区町村に何人くらいいるのかを確認してほしい。

薬物治療による発作5年完解率

記憶では約70%だった。そのためネットで見かけた情報をそのまま用いて70%とつぶやいた。『エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』には以下のように説明がある。

 ……。てんかん発作が抑制でき、治療も終了(終結)できる割合は5%程度で、他の疾患に比べて完治する割合が低いため、多くの患者が一生涯内服治療を継続することになります。……
 また、内服治療を行ってもてんかん患者の37%はてんかん発作が抑制できないとされており、……

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』序文

2 発作抑制例の対応
 てんかん発作は約63%の症例で抑制され、次に患者が希望することとして、抗てんかん発作訳を中止したいという問題が出てきます。……。中止できた状態を治療終結と呼びますが、てんかん患者の6.5%が到達できるとされています。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.12

完解できる人は少ない。多くの人は、抗てんかん発作薬を一生飲み続けることになる。しかし、そのように薬を飲み続けている人の半数以上は、発作を完全に抑えることができると分かる。

つぶやきの根拠の補足

つぶやきを補完する形で説明した点以外に、補足をしておく。

原因も病態も多様なものが、てんかん症状を繰り返して発症する病態を持つという理由で一括りに、てんかんと呼ばれている。このように書いた。ここでは病態の多様さを補足する。

前述の説明を再掲する。

てんかん発作は、脳の異常なニューロン活動による一過性の徴候または症状と定義されていて、脳波の異常によっておこるものです。てんかんは、てんかん発作を引き続き起こすと推測できる病態を言います。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.2

脳波の異常とある。そして、脳内のどの部位に影響があるのか、つまりどの部位の脳波に異常が発生するかは、原因によって異なる。

感覚系と運動系のどちらか、運動系のどの部位を司るか、どの部分に異常が発生するかによって、てんかん症状は全く変わる。意識消失の有無も変わる。

書籍から、外側側頭葉や後頭葉や前頭葉の病態部分を抜粋する。前の項では年齢に注目していたため、病態を取り上げなかった。以下を見れば、それぞれで病態が大きく異なることがわかると思う。

外側側頭葉てんかん
……
 発作の初期症状に幻聴(高い金属音など)や錯聴(音や声が変に聞こえる)、眩暈、外界に対する認識の異常などを伴うことが外側側頭葉てんかんに特徴的です。……

後頭葉てんかん
……
 発作は光感受性のある患者では、間欠光や縞模様などの光刺激により誘発されることがあります。自覚する発作症状は、要素性幻視(光の玉が見え、動く、または広がる)が最も一般的で、発作起始が鳥距溝付近にあることが示唆されます。……

前頭葉てんかん
……。発作は睡眠中に出現する頻度が高く、群発する傾向があります。一般に発作の持続は短いことが多く、発作後のもうろう状態がないか、少ないです。……

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.172~173

運転免許との関係

現行法制に至る経緯

従来てんかんは、運転免許を取得することができなかった。絶対的欠格と扱われていた。

免許取得資格を欠いていることを欠格という。病名などの基準で一律に欠格を判断することを絶対的欠格という。対して、特定の病気に罹患している場合でも、病状に応じて個々に欠格を判断することを、相対的欠格という。

その後、2002年に相対的欠格に改正されている。このあたりの経緯は、『臨床神経学』52号11号「てんかんと法制度」(2012)に記されている。

 また,日本では国連の障害者権利条約批准に向けて,1999 年より運転免許制度もふくめて各種法令の欠格条項が見直され,病名による絶対的欠格条項が廃止され,個別に判断する相対的欠格となった.……
……
 2002 年に改正された道路交通法では,てんかんをふくめて病名による絶対欠格はなくなり,てんかんのある人でも一定の条件を満たしたばあいには運転免許が許可されることと なった.

てんかんと法制度」P.1

障害者権利条約の制定にあたって、起草会合など積極的に関わった日本としては、国内法の整備を積極的に進める必要があったのだろうと推測する。なお、条約の関連部分は以下の条文だろう。

第四条 一般的義務
1 締約国は、障害に基づくいかなる差別もなしに、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。
(b) 障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するための全ての適当な措置(立法を含む。)をとること。

障害者の権利に関する条約』P.8

現行基準

現行法でのてんかんの運転免許取得更新の基準を記す。
法令は以下に基づく。

(免許の拒否又は保留の事由となる病気等)
第三十三条の二の三
 法第九十条第一項第一号ロの政令で定める病気は、次に掲げるとおりとする。
 てんかん(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)

道路交通法施行令第33条の2の3第2項第1号

許可する基準は以下に基づく。
これは、警察庁の施策を示す通達(交通局)で公開されている通達、令和4年3月14日、文書番号「丁運発第68号」、「一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について(通達)」に記されている。

ア 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

イ 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、x年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について(通達)
別紙P.1~2

(ア)は完解を指す。日本てんかん学会は、この状況にある者は既にてんかんに該当しないとしている。狩猟免許などでも、この分類にある者は取得を問題とされない。

(イ)は薬物による発作抑制を指す。抑制継続期間2年以上となっている理由は、調べてもはっきりしなかった。ここは次節で掘り下げる。

(ウ)について。てんかんは発作に関係する脳の部位がどこにあるのかで大きく変わる。単純部分発作で、嫌なにおいがするなどの感覚障害、運転に影響しない局所的軽度の運動障害、こういった程度に収まるものなら、運転には支障ないといえる。

(エ)について。前頭葉てんかんでは、睡眠中が多いと書籍には説明がある。睡眠中に限られる度合いがどの程度かは、書籍からは分からなかった。

いずれにしても、道路交通法66条の観点がある。たとえば(イ)の場合、抗てんかん薬を飲み忘れた場合などは格別、そうでない場合でも、挙児を希望しているなどの理由により抗てんかん薬を医師相談のもと減薬するなどの状況では、運転を控えるべきと思う。薬物治療の状況が変わった状況下での発作抑制継続2年の実績はなく、「正常な運転ができないおそれがある状態」と考えるべきと思う。

(過労運転等の禁止)
第六十六条 何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない

道路交通法66条

現行基準:発作抑制継続期間

運転免許が認められるには、発作抑制継続期間が2年以上必要と記した。この年数の根拠はよく分からなかった。

おそらく、一般事故と比較して、有意に事故発生が高いと言えない程度の発生率で以って、社会が許容すべきと判断される発生率、それに至る発作抑制継続期間によって年数を規定しているのだと思う。ただそれを示すような統計等の情報は見つけられなかった。

エキスパートが語るてんかん診療実践ガイド』P.234に、発作抑制の継続年数と、断薬後の発作再発率に関する調査結果が記されている。発作抑制2年以上の者を「治療継続群」と「断薬群」に分けて比較している。これによると「治療継続群」の2年以内再発率は22%とある。つまり、発作抑制2年という実績だけでは、以後2年間の発作を十分に抑えられる保証とはならないことが分かる。ここを掘り下げた解説は、この書籍内では確認できなかった。

てんかん診断ガイドライン2018』P.113でも同程度の記載に留まっている。参照している調査も同じものだった。なお、この書籍は分冊版なら日本神経学会から無料でダウンロードできる。

30年前以上前、てんかんが絶対的欠格事由と扱われていた頃に実施された調査結果がある。これらは日本てんかん学会の発行している学術誌『てんかん研究』に掲載されている。調査は2度行われており、2度目の調査は1度目の追跡調査となっている

1度目は「てんかん患者の自動車運転に関する実態調査」(1989年)、
2度目は「てんかん患者の自動車運転に関する追跡調査」(1990年)から入手できる。

このうち後者には以下の記述がある。

てんかん患者に免許交付を許可している国では,発作抑制が交付に際しての重要な条件となっており,多くはその期間を1~2年と定めている。

てんかん研究』「てんかん患者の自動車運転に関する追跡調査」P.83

諸外国の基準に合わせた可能性があるのかもしれないと思った。

なお、『臨床神経学』52号11号「てんかんと法制度」(2012)によると、欧州や米国の基準は日本よりも甘いことが記されている。非職業ドライバー、薬物治療による発作抑制を前提とすれば、欧州は半年、米国も州に依るが多くは半年で、免許が許可されているように見える。上にあげた『てんかん研究』よりも新しいため、より最新の情報に近いものと思う。

欧州の状況
……
 具体的な勧告では,自家用車運転に必要とされる無発作期間を 1 年とし,初回発作や薬物調整時の発作は 6 カ月でよいとし,職業運転のばあいは服薬なしで 10 年間,初回発作では 5 年間の無発作期間としている.2009 年にはこの勧告を欧州連合指令として議決し,2012 年 4 月時点で EU 加盟国 27 カ国中 23 カ国が自国の法律をこの指令に沿った形で改正した.

米国の状況
 米国では州によってことなるが,発作抑制期間6 カ月としているところが多い.……

『臨床神経学』「てんかんと法制度」P.1034

交通事故加害者の法的扱い

てんかん発作を抑制できていない者が死傷事故を起こすと、危険運転致死傷罪に問われる可能性がある。下図の平成25年(2013年)改正、自動車運転死傷処罰法制定のときに定められた。以降では、状況を分類し、それぞれの状況での刑事と民事の法的扱いを取り上げる。刑事は、危険運転と過失運転の分水嶺がどのあたりにあるかも取り上げる。

自動車運転死傷処罰法制定の経緯

状況の分類

交通事故加害者の法的扱いを考えるうえで、多くの論点がある。『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』P.353に、病気に起因する事故は発生した場合の捜査事項が記されている。

① 病歴や病識の有無
② 入通院先病院、病名、治療期間、投薬の有無及び種類・量
③ 当該病気の病状、日頃の発現状況、予兆の有無
④ 医師からの注意事項
⑤ 事故前の服薬状況
⑥ 運転経路
⑦ 事故状況
⑧ 事故直後の状況
⑨ 病気以外に原因がないこと

二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』P.353
項目に対する括弧書きでの補足説明部分は省略

これらの要素を意識して状況を分けると、以下のように分かれると思う。

① 治療なし
 ①A 初回発作あるいは病識なし
 ①B 病識あり、無治療
② 治療中
 ②A 発作抑制できていない状態(処方薬飲み忘れ含む)
  ②A1 免許更新前
  ②A2 免許停止中
  ②A3 病状申告なしの免許更新
 ②B 発作抑制状態
  ②B1 免許復帰済
  ②B2 免許停止中(②Aでも同様)
  ②B3 病状申告なしの免許更新(②Aでも同様)
③ 完解あるいは運転に影響のない症状
  補足:医師の診断が前提

このうち、①Aでの発作は仕方がないと考える。「法は不可能を強制しない」という言葉がある。予兆もなく発生した発作に対して、予見義務は発生せず、結果回避義務も発生しないと考える。ただし速度超過等の違反があれば、過失運転致死傷罪もあり得るかもしれないと思う。結果発生を困難なものとした、結果の度合いを強めた、そういった部分の刑責を問われることはあると思う。

①B、②A、②B2、②B3は擁護できない。これは異論がないと思う。実際、これらの場合、危険運転致死傷罪に問われる可能性もある。また、②B2には無免許による加重処罰が科される。②B3の場合も、正当に取得した免許ではないため、無免許による加重処罰が科される可能性はあると思う。

人によって考えが変わるのは、②B1、③と思う。先の通達と照らし合わせると、②B1=イ、③=ア・ウ・エなる。個人的には、当該発作に予兆がないなら、仕方のない範囲と思う。しかしながら、予兆があるにも関わらず運転を継続したとなると、危険運転致死傷罪に問われることもあると思う。

刑事:危険運転致死傷罪の適用

分類のうち、①B、②A、②B2、②B3について。

これらは危険運転致死傷罪に問われる可能性がある。条文を記す。

(危険運転致死傷)
第三条
 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

補足
前項と同様=人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。

自動車運転死傷処罰法3条2項

(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気)
第三条 法第三条第二項の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。
 意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)

自動車運転死傷処罰法施行令3条2項

①Bは病識があるため、治療していないために病名を知らないとしても、該当する可能性はあると思う。『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』P.353には、食事中にボーっとして箸を落とすことがあると家族から注意されたことがあるなどのケースが記されている。

②Aは治療中で発作抑制できていない状態。この状態で医師は運転を許すことはないだろうと思う。その場合、運転によって「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当する可能性は高いと思う。

免許は取得や更新できているものの、抗てんかん発作薬を飲み忘れている場合、この場合も②Aに含めるべきと思う。そのため「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当する可能性は高いと思う。『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』P.196には、血液を採取し、血中濃度が処方薬の有効血中濃度となっていたかを調べておく必要があると記されている。

②B2は免許復帰できていない状態。無免許運転による加重処罰が科される。②B3は、正当な手続きのもとに免許取得あるいは更新したわけではないため、無免許運転と扱われるかもしれない。また、医師から発作抑制できているとお墨付きの上で免許取得あるいは更新できていない段階のため、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」から脱していないと考えるのが妥当と思う。

無免許運転による加重処罰は以下のように定められている。

(無免許運転による加重)
第六条
 第三条の罪を犯した者が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は六月以上の有期懲役に処する。

自動車運転死傷処罰法施行令6条2項

てんかん発作で適用される自動車運転死傷処罰法は、3条2項だった。
2条と3条はどちらも、危険運転致死傷罪を定めたものとなっている。両者の違いは、量刑の重さにある。2条よりも3条はやや量刑が軽くなっている。しかし、3条だけでなく無免許運転による加重処罰が適用されると、2条だけの場合と量刑の重さはほとんど変わらない。

2条は、負傷15年以下、死亡1年以上の有期(20年)
3条+6条2項は、負傷15年以下、死亡6月以上の有期(20年)
死亡時の短期が異なるだけで、ほとんど変わらない。

刑事:危険運転致死傷罪の不適用

分類のうち、②B1、③について。

②B1は、薬物治療により発作抑制され、発作抑制期間によって免許取得あるいは更新が認められた状態。この状態である限り、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と扱うのは適切でないと思う。

③は、完解あるいは運転に支障のないタイプの発作。こちらもまた、免許取得あるいは更新が認められた状態。②B1と同様に、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と扱うのは適切でないと思う。

これらを「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と捉えるとはどういうことを意味するか。それは、治る病態の病気を病名だけで治らないと決めつける、抑えられる種類の症状を抑えられないと決めつける、そのようなもの。それは病気に対する偏見だと思う。これが、2002年の法改正、絶対的欠格から相対的欠格への改正の趣旨と考える。

これらのことから、②B1や③も、①Aと同様に扱うべきと思う。つまり、違反がなければ無罪、違反があれば過失運転致死罪もありと考える。

なお、当該事故時の発作に予兆があった場合はどうなるか。予兆があれば道路交通法66条に基づいて予見義務は発生し、結果回避義務も発生するように思う。道路交通法66条違反があったことになり、危険運転致死傷罪もあり得るように思う。

(過労運転等の禁止)
第六十六条 何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない

道路交通法66条

刑事:他の病気との関係

関連書籍で興味深く感じたのは、『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』P.210のケース。持病てんかん、免許不親告、意識消失、ここまでは②A3と変わらない。ここに加えて認知症が混ざると厄介なことになる。

自動車運転死傷処罰法3条2項が規定するところの「政令で定めるもの」については、自動車運転死傷処罰法施行令3条が規定しているが、そこには……などが挙げられているものの、認知症は含まれていない。したがって、認知症の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、認知症の影響により正常な運転が困難な状態に陥って人を死傷させても、危険運転致死傷罪は成立しない。
……
……。つまり、運転者が認知症以外の病気を患っており、その病気が上記の政令に掲げられている病気であった場合には、その運転者による交通事故が認知症に起因するものか、それ以外の上記の政令で対象としている病気に起因するものであるかの違いによって、危険運転致死傷罪の成否が分かれる……。

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』P.210

危険運転致死傷罪の実行行為が持つ危険性が具現化したことが、危険運転致死傷罪の成立に必要となる。そのため、意識消失の原因が認知症にあれば、危険運転は成立せず、過失運転に留まる。仮に抗てんかん発作薬を飲み忘れている場合でも。

民事

刑事で罪に問えない場合、つまり①Aや②B1や③で、運転に違反がない場合。このとき民事賠償責任はどうなるだろうか。

人身部分は、自賠法3条の規定を受けて、賠償責任を負うことが多いと思う。物損部分は、民法713条の適用を受けて、賠償責任を免責されることもあると思う。

所有書籍の中では、人身部分や自賠法3条について掘り下げた記述は見つけられなかった。弁護士サイトなどでは、賠償責任を問うこともできるとする説明が散見される。アウル東京藤田・曽我法律事務所デイライト法律事務所など。被害者保護を目的に加害者側の立証責任を強く求めているため、病気による心神喪失での賠償免責を適用しない傾向にあると説明している。

12月16日発売予定の『三訂 逐条解説 自動車損害賠償保障法』に載っているかもしれない。

物損については、所有書籍で掘り下げたものがある。

交通事故判例百選第5版』34項、P.70~71では、宇都宮地裁平25.4.24(平23年(ワ)948)を取り上げている。鹿沼児童6人クレーン車死亡事故と知られる。裁判例検索では見つからず、判決文の全文は見ていない。

この裁判自体は、抗てんかん発作薬の服用を怠っており、当人に過失が認められて当然のケース。大きな争点は他にあった。その点の説明は省く。ただし、この解説で物損を対象としていると思う解説がある。

2 てんかん発作と不法行為責任
 判例上てんかん発作は、民法713条における「精神上の障害」のひとつと位置付けられる。てんかんは、発作という一時的な状況を生じさせる可能性のある脳疾患、という観点からみれば、事理弁識能力を欠く状態は、一時的に生じるものである。民法713条但書は、故意・過失により「一時的にその状態を招いたとき」は、免責されないとする。てんかん発作が起因する不法行為は、一時的な事理弁識能力喪失状態として責任を負わないこととなるが、故意・過失により発作を招いた者については、その限りではないということになろう。
 運転中のてんかん発作における故意・過失の判断の基準は幅広い。……
 てんかん発作における故意・過失判断基準において共通するのは、加害者自身にてんかんの認識があり、運転中に発作が起こる可能性があることを予見できた点にある。

交通事故判例百選第5版』P.71

この説明を見る限り、初回発作や病識なし(①)、服薬を怠っていない(②A1)、完解(③)といったケースでは、物損部分は免責されるように思う。

関連法令を下に記しておく。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法709条

(責任能力)
第七百十三条 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

民法713条

(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自賠法3条

最後に

自動車運転死傷処罰法が制定される直前の有識者検討会の議事録から抜粋して記す。発言者は、この記事の民事の節で取り上げた鹿沼児童6人クレーン車死亡事故、その被害者遺族会。

鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会
……
てんかん患者が運転していけないとは思っていない。ルールを守り、きちんと申告して運転して欲しいと思っている。
一日も早く、免許を不正に取得ができない制度を構築し、不正な取得者による交通事故をなくすことこそが、まじめにてんかんと向き合い、一生懸命生きておられる患者に対する偏見をなくすことにつながると考える。

(質疑応答)
……
2002年の改正により、絶対的欠格事由から相対的欠格事由となり、それまで運転できなかった人が運転できるようになった。このときに病気ごとに、このような症状の条件に該当すれば事故を起こさないという免許取得の基準が作られたと思うので、それを確実に守っていただけるような免許制度にすべき。
……

一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会 第1回 議事概要

ここで語られている想いを忘れずにいたいと思う。


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