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中銀カプセルタワービルへもう一度

1年ほど前まで銀座にある中銀カプセルタワービルという建物に住んでいました。とてもに気に入っていた住まいでしたが残念ながら取り壊しが決まり退去となりました。中銀カプセルタワービルとは70年代に建てられた黒川紀章設計、メタボリズムという建築運動の流れを汲んだ建築です。その独特のコンセプトを体現したデザインは海外から非常に高い評価と人気のあります。30年間にわたり取り壊しと保存の議論がされていましたがその間にも老朽化が進みとうとう取り壊しという結末をむかえました。

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居住環境は過酷で給湯設備の故障で湯が出ない。水道管も破損しており雨が降っていなくても天井から漏水する、下水管が壊れトイレを使用不可などなど。通常の物件ならこれほど劣悪な環境ではもう一度暮らしたいとは思わないでしょう。でもカプセルタワーの生活は楽しかった。古い建築独特の重厚な雰囲気やSF映画のセットのようなインテリア、丸窓からの美しい景色、華やかでディープな銀座の街など不便に勝る魅力が暮らしの中にありました。

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個性的な建築

中銀カプセルタワービルはメタボリズム運動の代表的な建築で、メタボリズムとは新陳代謝の意味です。基礎となる構造体にユニット化された部屋やサブの構造体が接続される方式で、用途や生活様式にあわせてユニットを交換していくというものでした。建設されたのは高度経済成長と急激な人口増加、生活様式の急激な変化を経験した60〜70年代という時代。固定された建築は変化に対応しきれないという思想から、生命体の有機的な変化や適応能力を参考にし、生活様式あわせて建築も変化するというのがメタボリズムのコンセプトです。約50年程前に考えられていた思想ですが非常に先進的で現代でも古くならないコンセプトのように思われます。

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中銀カプセルタワービルはこのコンセプトを忠実に取り入れており、コアと呼ばれる中心を貫くコンクリートの構造体に独立したユニット(カプセル)が螺旋状に取り付いています。生命的で木から生える葉や果実のようにコアに付属する導管から電気や水道を各カプセルに供給しています。A、B棟の2つのコアがありコアの間は渡り廊下で連結されています。2つのコアには合わせて約140個のカプセルが接続されており私が住んでいた当時は約30人ほどの住人がいたと思います。

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一つのカプセルの広さは4〜5畳程度と非常にコンパクトです。インテリアは70年代からみた近未来、今となってはレトロフューチャーなデザインです。カラーテレビ、オープンリールデッキ、ユニットバスなど70年代の最新のトレンドが取り入れられていまいた。大きな丸窓やスペースエイジ を感じるデザインはSF映画セットのような雰囲気でとても気に入っていました。

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しかし現在の建築ではメタボリズム思想は廃れてしまっています。そのためメタボリズムの建築すでにほとんど現存しません。結果として中銀カプセルタワービルは他のどの建築とも似ていない個性的な建物になっています。

廊下に川

取り壊しか保存かで数十年もめている状況のためかメンテナンスが積極的に行われておらず、場所によっては廃墟のように荒廃していたりします。銀座という華やかな空間にある取り残されたような廃墟空間のギャップも嫌いではありません。しかし建物のダメージはかなり進行しており特に深刻なのは雨漏りでした。個々のカプセル部分の雨漏りもありますが一番はカプセルの接続部分からの雨漏りでした。カプセルの接続部は基本的に鉄でできています。

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この接続部の隙間が錆びにより劣化し雨水や配管から漏れた水道水が常に出てくるれ状態になっていました。私のカプセルも例外ではなくドアの隙間から1日20リットル程の水が漏れていたので扉上部に雨樋を自作してつけていました。雨の日は各カプセルの接続部から大量の水が滴り落ちコアの中は水滴の音に包まれ、まるで鍾乳洞の内部のような神秘的な雰囲気の空間になります。さらに台風や大雨の際は大量に漏れた水がコアの中の廊下や螺旋階段に集まり川になることもありました。屋内で自然に川ができる建築はそうそうないでしょう。

銀座でトイレ、風呂、台所、洗濯機のない生活

全館給湯設備故障、トイレも使用不能。台所無し。洗濯機も置く場所がないため無し、あるのは生活スペースと電気くらい。生活に必須と思われる設備が部屋にほとんどないため近所で調達するほかありません。

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まずお湯が使えない問題は少量であれば電気ポットで、入浴などは近所の銭湯に行くことで解決。生活をする中でお湯を使用する場面は意外と少ないと気づきました。次にトイレですが建物の真下にある地下駐車場の公衆トイレを使用。公衆トイレと聞くと少々汚いイメージがありますが銀座地下駐車場の公衆トイレを侮ってはいけません。毎日掃除がされており設備も新しくホテルのトイレのようです。洗濯はコインランドリーへ。銀座にはほどんどコインランドリーがないため築地まで行っていました。食事面ではコンビニやファミレスに飽きて普段行かないようなカフェで食事をし、店の人やお客さんと仲良くなったりもしました。生活設備を外部に依存することは多少の不便はありますが自分のライフスタイルに変化が生まれ、そこでの気づきや発見が楽しかったように思います。

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取り壊しとこれから

中銀カプセルタワーはすでに取り壊しが決まってしまいました。本当に愛着のある建物だったので残念です。しかし保存会の活動により解体前にカプセルを取り外し美術館に寄贈したり別の場所に移して宿泊施設として活用しようというプロジェクトが進行中です。母体が壊れて死んでしまっても個々のカプセルは分離して生き続けるます。メタボリズムのコンセプトにふさわしい取り組みに思え、応援していきたいですね。

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銀座の中銀カプセルタワーは無くなりますが分離したカプセルがこれからどうなっていくか楽しみです。いつか生まれ変わったかつての住まいにもう一度行ける日を心待ちにしています。


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