娘からの質問状
「 相談したいことがあるんだけど、いい? 」
いつも突然やってくる、娘からの質問。
娘は昨年契約社員から正社員に変わり、後輩たちの指導にも携わる。もちろん自分の業務も遂行しながらなので新しい人が入った直後は目も回る忙しさだ。リモートワークだけでは伝えきれない細かい指導は週3回の出社時にできる限り効率よくしなければならない。
質問は、最近入った契約社員の女性の言葉遣いをどうしたら直せるか、ということ。聞くところによると、彼女の言葉は全て『学生の話し言葉』で、仕事で遣う言葉ではないこと。上司や娘に対してだけならまだしも、大切なクライアントにまで、まるで大学のサークルの先輩と話すようなカジュアルな言葉遣いで困っているという。
「もうさ、お話にならないの。ビジネス会話教室行ってこい!って言いたいよ。聞いてて恥ずかしいし腹立つし、一体何から教えればいいのかわからない。仕事の手順を教える前にその言葉遣いでイライラして。いちいち文句言うわけにいかないし、話してるだけでストレス溜まるんだけど。どうすればいいと思う?」
うう〜〜ん、悩ましい。仕事の話をする前にイラつくのはよくないね。イライラモードで接すること自体、負のオーラ全開で職場全体が悪い雰囲気になることが容易に想像できる。
まず、自分の身において昔の記憶を蘇らせる・・・。
私は高校を卒業後、憧れのアパレルブランドに就職した。接客業ということもあり、常にお客様に対して丁寧な言葉遣いを心がけるようにしていた。しかしながらそこは若干19才のひよっこ販売員。世間の事など右も左も分からない社会人一年生だ。失敗は数知れず。叱られたこともたくさんあった。自分の無知さ加減に恥をかき、日々反省を繰り返しながら少しずつ少しずつ成長していった。
何度か職場を変わったが、一番気を遣ったのは一時テレビにも出ていたことのある名のあるファッションクリエイターのお店で働いていた時のこと。そこはラグジュアリーホテルの中のアーケード街にある高級ブティック。お客様はほとんどが会社経営者の奥様や財閥の御令嬢や往年の映画女優など、まず日常では出会うことのないいわゆるVIPな方々。失礼のないよう身のこなしや言葉遣いに細心の注意を払うことを自然と要求された。私はどのようにしてその技術を習得しただろう、とその時のことを思い返してみた。
まず、オーナーの言葉遣いを聞き漏らさないよう注意した。一体どのようにお客様と会話しているか。相手と自分の立場を頭に入れながらのスムーズで滑らかな会話は聞いていてとても気持ちがいい。特に電話対応の話し言葉は学びが多かった。話始めのご挨拶や話終わる時の会話の締め方。一番勉強になったのは何かしらのトラブルがあった時の謝り方。とにかく側で食い入るように聴き学んだ。それらの『生きたビジネス会話』は現場でしか習得できない。また、それまでいた職場との違いに驚き、必要な会話の言葉遣いは職場によって変わるのだと気づいた。
いくら『ビジネス会話教室』みたいなものを習ったとしても、実際に勤める場所によっては場違いで、逆に失礼なことになったりおかしな方向に行ってしまったりするだろう。いかに今いる場所で生きた言葉を遣えるか。これはもう、ネイティブの言葉をひたすら聴きまくって身体に馴染ませる英会話のようなものだと思う。
そこで私は娘に提案した。
「まず、一方向からの教え方をやめてみて。『こう聞かれた時はこう返す』みたいなことは後々その人のためにはならない。マニュアルは通用しないということを伝えるの。何かアクシデントやイレギュラーなことが起こった時に瞬時に対応するという臨機応変なアレンジができなくなるから。「あの時こう言われたからその通りやったのに、それがなぜ失敗なのか」と言われかねない。一番大切なのは『自分の頭で考える』ことだから。
そして、明日から『彼女に話してほしい言葉遣い』で彼女に話しかけてみて。先輩のあなたが話す言葉が自分よりも丁寧だったら、必ず彼女は自分の中で『?』な違和感を覚えるはず。その違和感がなんなのか、自分で考えさせる。あくまでも自然に、当然のこととして丁寧な言葉で話しかけること。そうすれば彼女は自分の間違いに気づいて少しずつ変わってくると思うよ」
仕事は人と人との対話で成り立つもの。伝えたいことは言葉で伝えることが一番なのだけれど、それだけでは肝心の自分の気持ちが伝えきれないこともある。ではその時どうするのがいいのか。それは相手に『気づいてもらう』ことが一番早くて効果的だと思う。気づきさえすればあとは放っておいてもどんどん進んでいく。勝手に発展してゆく。彼女は言葉遣いが『できない』のではなくて『慣れていない』だけ。社会に出てまもないのだから仕方のないこと。誰だって最初は『知らない』のだ。
それからわずか数日後、娘から結果報告があった。
「ママ、凄いよ!彼女、変わってきたよ!ママのアドバイス通り、彼女にクソ丁寧に話してみたら、最初ちょっと驚いて『何だろう?』って顔したのね。でも、すぐに順応してきてクライアントの電話の話し方も変わってきて、私と話す時も「あ、今の言い方間違いました!」って、わざわざ言い直してくれたりするんだよ。だから「私に間違って話す分には全然構わないから、どんどん間違って!自分で訂正できたら凄いよ」って言ったの。良かったぁ。なんか、想いが通じるって気持ちいいもんだね!」
おう。そうか。良かった良かった。
「気づかせることができたんだね。彼女が『何だろう?』と気づいたことが全てなんだよ。あなたの言葉遣いを聞いて、違和感を持ったことが成功の鍵だったね」
そこから彼女は学び始めたのだ。自分のできなさ加減に気がつき、どうすればいいのかを聴き学んだ。いちいち教えなくても周りの先輩方の仕事の言葉を注意して聴くことによって、彼女の中では一気にたくさんの学びを得られたのだろうと想像する。
人に何かを教えるのは難しい。一方向からの『教育という名の要請』は思うような結果をもたらさない。うまくいかなかった時に「教えてるのになぜできない?」とか「何度言ったらわかるのか」という落胆を生む。それは教えた側に勝手な期待と思い込みがあるからだ。自分の『教育においての仕事の成果』が見えなくてもどかしく、「こんなに時間をかけてやっているのに」とイライラするから余計に厄介だ。
何も与えようとしなくていい。ただ気づいてもらえばいい。相手は学業を終えて社会に出てきた立派な大人だ。しっかりと考える能力はあるはず。ここで働きたいと志願してきたのだから学ぶ姿勢もあるはず。それを前提に考えると、無理に相手を変えようとしてはいけない。自分が変わればいいのだ。その変化に相手が気付けば、自然といい方向に流れていくだろう。そして自分も一つ、先輩として成長していることにも気づくはずだ。
今度はいつ、どんな相談事が持ちかけられるだろう。こうしていつも娘からの質問状を受けとるたび、私も物事を深く考えるきっかけをいただく。日頃意識せずに何となくやっていることをこうして言語化することによってまた新たな思考の整理がついた。
今回も気づきをありがとうございます。
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