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HRBPが現場を変える!大組織に挑む新時代の人事ストーリー

第1話:新たな出発点(小説編)

 四月初旬、製造本部ビルの会議室。

 主役である佐々木亮介(ささき・りょうすけ)は、椅子に深く腰かけ、ビジネスバッグからA4サイズのバインダーを取り出していた。

新年度が始まり、彼は人事部の「HRビジネスパートナー(HRBP)」として、新たなチャプターに足を踏み入れるところだった。


 佐々木は大卒後、この巨大製造企業に営業職として採用された。顧客先への営業は3年。その後、人事部門へ異動し、給与計算、雇用契約管理、勤怠管理といったオペレーション業務を3年ほど地道にこなしてきた。

社内の誰もが「いつも誠実で、実直なタイプ」と評する彼にとって、明確な成長機会が欲しかったのも事実だ。


 この会社は従業員数1万人を超え、精密機械や電子部品をコアプロダクトとして世界中に供給している。

だが近年、海外競合の攻勢や新興市場プレーヤーの参入で、事業環境は激変。収益率は下降気味、開発リードタイムも遅れがちで、現場生産性に課題が山積みだった。

そこで経営陣は、中央集権的人事の在り方を変革する方針を打ち出し、各事業部門にHRBPを配置することを決定した。

HRBPは部門の「戦略的人事パートナー」として事業課題を捉え、人材戦略から組織開発まで手を差し伸べる存在となる――そのためのモデルチェンジであった。


 会議室には、経営企画室から人事改革の旗振り役である大庭(おおば)部長が、重い空気を振り払うように一息ついていた。精悍な顔立ちの中年男性で、常に先を読むタイプだ。

大庭は新任HRBPを数名呼び出していた。そのうちの一人が佐々木であり、今日が初対面である。


 「佐々木君、これから製造本部のHRBPを担当してもらう。…と言っても、正直なところ前例がない仕組みだ。上層部としては、製造現場の管理職やライン長と密に連携し、組織と人材の課題解決を推進して欲しい。これまでのように『人事部は本社の“お達し配達係”』じゃ、もう時代遅れだ。」

 佐々木は背筋を正した。「はい、精一杯努めさせていただきます。」

 声は少しこわばり、内心で不安も駆け巡っていた。営業や人事オペレーションの経験はあるものの、事業の最前線で戦略を描く経験はない。

まして製造現場は技術者や技能工が集う特殊な環境。彼らが求める人事支援を的確に提供できるか、正直なところ自身はなかった。


 その午後、佐々木は早速、製造本部のオフィスへ向かった。薄い蛍光灯の光が照らす通路、稼働ラインをモニタリングする大型ディスプレイ、検査工程の品質データを示すグラフが壁一面に貼り出されている。

ここは効率化と工程管理が命だ。現場リーダーたちが行き交い、エンジニアは図面片手に議論を戦わせている。

 「ここで自分は何ができるだろうか」――佐々木は自問した。HRBPとしての自分の価値は?単なる書類仕事なら人事オペレーションでもできる。

だが今後は、戦略的な人材プランニング、モチベーション向上策、現場長と共に組織能力を底上げする施策を提案し、実行しなくてはならない。


 部門長である平田(ひらた)本部長は現場叩き上げの人物で、50代半ば、長身、白髪交じりの短髪が特徴だ。彼は質実剛健で数字に厳しい。人事と名の付く部署に頼るより、現場力で何とかしてきたタイプに違いない。

 「平田本部長、本日よりHRBPとして参りました佐々木と申します。今後ともよろしくお願いいたします。」

 平田はちらりと佐々木に視線を寄越す。「ああ、人事から来たんだって?君は何ができるんだね?うちは計画ラインの人手不足が深刻だ。海外拠点からの若手研修生もうまく機能してないし、熟練工の定年退職で技術継承も危うい。組織強化の助けになるなら歓迎するが…机上の空論は御免だよ。」

 厳しい口調に、佐々木は引き締まる思いで答えた。「承知しました。まずは現場の課題を具体的に伺い、短期・中期で打てる人材戦略を一緒に考えたいと思います。私も製造現場の細部はまだ理解不足ですので、できればライン長やチームリーダーとお話できる場を設けていただけないでしょうか?」

 その慎重かつ前向きな回答に、平田はわずかに眉間のしわを緩めた。まだ信用は得られていないが、門前払いではない。佐々木は、この瞬間が新たなスタート地点であることを痛感する。


 翌日から、佐々木は製造ラインの現場巡回を始めた。ライン管理者や技能リーダーに声をかけ、「今どんな人材が不足していますか?」「若手育成で困っている点は?」と、地道なヒアリングに取り組む。

働く人々は最初、不審そうな目を向ける者も多かったが、佐々木は低姿勢で相手の言葉を丁寧に受け止め、メモをとる。ベテラン技能工は言う。「最近の新人は長く定着せん。教育制度が形式的で、現場のノウハウが伝わりにくいんだよ。」

他方、若手メンバーは「キャリアパスが見えず、モチベーションが上がらない」と嘆く。


 こうして得られた断片的な情報はまだパズルのピース。組織課題も人材育成の歪みも、一朝一夕で解決する道は見えない。

だが、佐々木はHRBPとしての最初の一歩を、しっかりと踏み出した感触を得つつあった。

彼が現場を回ることで、少しずつ目に見えない壁を溶かし、信頼に足るパートナーとして認められる下地を作ろうとしているのだ。


 オフィスに戻った佐々木は、付箋だらけのノートを開き、その日のヒアリングから導かれるテーマを書き出した。「人材プール再編」「OJT支援制度」「若手定着のインセンティブ強化策」。

これらは全て、まだ曖昧な課題リストに過ぎない。しかし一歩ずつ積み上げていけば、必ず戦略的な人事施策に結実できるはずだ。

目の前には、過去の営業経験や人事オペレーション知識では埋めきれない大きな挑戦がある。だが、佐々木は不思議と胸が高鳴っていた。

 — こうしてHRBPとしての「試行錯誤の旅」が始まった。現場を見、声を聴き、自分なりの戦略を模索しながら。

まだ頼りない一歩だが、この歩みがやがて製造部門の大きな組織進化への基礎となり、事業成果に貢献する確かな軌跡へとつながることを、佐々木は薄暗い廊下を歩きながら静かに誓った。


第1話解説編

HRBPとは何か、そして「現場の声」から始まる取り組みの意味

 本作品第1章では、主人公・佐々木が人事部内の新たな役割「HRビジネスパートナー(HRBP)」として任命される場面、そして初動として「製造現場での課題ヒアリング」を行い始めるプロセスが描かれています。

本稿では、この物語の背景となるHRBPの概念と日本企業における導入の潮流、そして第1章で示された「現場の声を聴くこと」の意味について解説します。


HRBPとは何か:人事と事業を結ぶ戦略的パートナー

 HRBPは「Human Resources Business Partner」の略称で、人事部門が事業に寄り添い、事業戦略達成のために人事面から積極的なサポートを行う役割を指します。

もともとHR部門は、給与計算や人事制度運用、採用活動の管理など、いわば「バックオフィス型業務」が中心でした。

しかし、グローバル競争の激化や市場環境の変化が進む中で、単なる管理業務以上に、事業の成功に直結する「組織開発」「人材育成」「戦略的人材配置」が求められるようになります。


 HRBPの概念は、1990年代後半に米国を中心に発展したとされ、その理論的支柱の一つが、デイヴ・ウルリッチ(Dave Ulrich)によるHRトランスフォーメーションモデルです。

彼は、人事機能を「戦略的パートナー」「チェンジエージェント」「従業員の声の代弁者」「日々のオペレーショナルエキスパート」の4つの役割に分解し、その中で人事が事業部門と同じフィールドに立ち戦略的な視点で課題解決にあたる「戦略的パートナー」としての人事の在り方を強調しました。

これがHRBPの源流となります。


日本におけるHRBP導入の背景と課題

 日本企業がHRBPを注目し始めたのは、グローバル競争激化と同時に、働き方改革や人材流動化、デジタル化によるビジネスモデル変革が進む2010年代以降と言えます。

人材を「コスト」ではなく「戦略的資産」と捉え、経営戦略や事業計画と人材戦略を一体化する動きが広がる中で、海外先行事例を参考にHRBP導入を図る企業が増えてきました。


 しかし、その道は必ずしも平坦ではありません。多くの日系企業は、長く「本社人事部門による中央集権的な運営」を行ってきました。

現場をよく知るわけではない本社人事が、一律的な制度をトップダウンで押し付ける状況が続く中で、部門固有の人材課題や組織風土には十分向き合えていない、という声も少なくなかったのです。

こうした中、HRBPを立てても、単なる「人事の出先機関」として事務処理が増えるだけで、なかなか事業部門から「頼れるパートナー」と認知されないケースも散見されます。

HRBPの役割理解が進まない、権限が不明確、戦略的人事に必要なスキルセットやマインドセットが社内で醸成されていない、といった課題が浮かび上がっています。


第1章で描かれた「現場の声を聴く」意義

 第1章で主人公が取り組んだ最初のステップは、「現場が直面する実際の課題を知ること」でした。これはHRBPにとって極めて重要な出発点です。

何故なら、HRBPは人事戦略を立案し、施策を展開するにあたり、事業の実態を正確に把握しなければなりません。現場で起きている問題(例えば、技能伝承の停滞、人材定着率の低さ、若手育成計画の不透明さ)を理解し、その根底にある組織文化や人材フロー上のボトルネックを見極めることが、戦略的な人事介入の第一歩となるからです。

 本社にいるとデータや報告書上でしか見えない事象も、実際に製造ラインや開発チームを訪れ、キーパーソンや従業員に直接ヒアリングを行うことで、より立体的な理解につながります。

こうした対話を通じて現場との信頼関係を築き、「人事は現場を理解していない」という不信感を払拭することが、後にHRBPが打つ施策の効果を高める基礎ともなります。


HRBPの軌跡はここから始まる

 本小説第1章は、HRBPとしての「役割獲得」の瞬間と、その後すぐに行動に移る「現場密着」への姿勢が描かれています。

これらは理論上も実務上も、HRBPが成功するために欠かせないプロセスです。

今後、物語が進むにつれ、主人公は現場の声を踏まえながら具体的な組織開発プランや人材活用策を練り、組織変革を促す「真のビジネスパートナー」へと成長していくことでしょう。

 まとめると、本章は、HRBPという新たな人事像がもたらす期待と課題、その歴史的背景から始まり、日本企業における導入の苦労、そして「現場に立脚したアプローチ」の必要性を示す導入部といえます。

HRBPが目指す「事業貢献型人事」への道は、現場の実態を正確に捉える姿勢から始まります。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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