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HRBPが現場を変える!第2話:人材プール再編への挑戦

小説編

薄曇りの朝、佐々木は社内カフェテリアで手帳をめくっていた。

前回の現場ヒアリングを元に作成した付箋だらけの課題リストには、「人材プールの再編」という大きな項目が鎮座している。

製造部門内で、人材の流動性や技能伝承を円滑に進めるために、従来の部課単位での配属やスキル管理を抜本的に見直す必要があると判断したからだ。

だが、問題は「どうやって」動かすか。

人材プールとは言え、どの基準で誰をどの部門へ、あるいは将来どのような経歴パスを用意すべきかといった戦略設計は佐々木にとって未知の領域だった。

 佐々木は本社人事に戻り、自席で頭を抱え込む。

前日は遅くまで文献を調べ、他社事例を収集しようと試みたが、具体的な方向性に落とし込む道筋が見えなかった。

目の前には、大量のエクセルファイルと、人事システムから抜粋したスキル・経験データの一覧表が並ぶ。整然と並べられた数字と文字は、「どう整理すれば答えが出るのか」を問いかけているようだった。

 そんなとき、人事企画部門から異動し、すでにHRBPとして何年も事業部門をサポートしている先輩、村井(むらい)がふらりと立ち寄った。

 「佐々木くん、進んでるかい?」

 「正直、行き詰まってまして……人材プールの再編なんて、何から始めていいのか。」

 村井はうなずき、少し考えるとポンと手を打った。

「実は、以前一緒にプロジェクトをやった外部コンサルタントがいるんだ。人材戦略に精通していて、実務的なフレームを教えてくれると思う。特別に時間をとってもらえないか当たってみよう。」

 村井が即座にその場でスマートフォンを取り出し、メッセージを送る。

しばらくすると返信があり、翌日の夕方にオンラインで30分ほど時間が確保できるとのことだった。

 翌夕、佐々木は会議室でノートPCを開き、村井と並んでオンラインミーティングに臨んだ。

画面には、スーツ姿の落ち着いた中年男性、コンサルタントの庄司(しょうじ)の姿が映る。

柔らかな笑顔と、静かながら芯のある声が印象的だ。

 庄司はまず、佐々木の困りごとを聞いたあと、スライドを共有し、人材プール再編に役立つ基本的な考え方を示した。

 「人材プール再編を考える際には、まず『事業戦略の方向性』『コアとなるスキル・技術領域』『将来必要になる人材像』『現行の人材マッピング』を整理することが重要です。」

 庄司が示したフレームワークはシンプルながら論理的だった。

四象限やマトリックス図を用いて、人材をスキル軸とポテンシャル軸で評価し、将来の事業ニーズに合わせた流動計画を策定するステップが明示されている。

 さらに庄司は、次のような実務的な手法を教えてくれた。

 1. 人材要件定義とスキルマトリクス化:現場で必要とされる重要技術や工程管理スキルをリスト化し、エンジニア・技能工を整理。

 2. ターゲットプロファイル設定:将来の事業計画(新製品開発、海外拠点拡大など)を踏まえ、どのようなスキルセットを持つ人材をどのくらい確保すべきかを定量的に示す。

 3. ギャップ分析とプール戦略策定:現有戦力とターゲットとの間にあるギャップを洗い出し、異動・スキルアップ・採用を組み合わせて埋める施策を立案する。

 4. ロードマップとコミュニケーション計画:ただプールを再編するだけでなく、現場リーダーや本人たちとの対話を通じ、異動や再編がなぜ必要か理解してもらい、スムーズな実行を図る。

 佐々木は目を輝かせてノートをとった。今まで漠然としていた作業が、段階的なプロセスとして見えてくる。

 「なるほど。まず現場が求めるスキルを分解し、将来戦略に則した理想のスキル構成を描き、現状との比較をするんですね。その上で具体的なアクションプランと時系列を示すと。」

 庄司はうなずいた。「はい、それを現場の方々と議論しながら、なぜその再編が必要なのか、個々人にどんなメリットがあるのかを伝えることが鍵です。」

 通話を終えると、佐々木はすぐに行動に移った。

まずは製造現場に戻り、ライン長やチームリーダーを訪ね、スキルセットや必要スキルの定義を明確にしていく。

例えば、新規海外案件で求められる英語力や国際的な調整スキル、あるいは最新CNC機器のオペレーション技術など。

これらをもとにスキルマトリクスを作成し、現状の人材をプロットしてみる。

エクセル上で色と記号を使いながら、どこに人材が偏っており、どの分野が薄いのかが可視化していく。

 次に、将来3年後、5年後の事業計画を踏まえ、人材要件を再確認する。

新製品開発ライン拡大に伴い、高度な精密加工技術者が一定数必要になるとわかったが、その育成はまだ不十分。

逆に既存の製品ラインからは汎用的な技能を持つ人材をもう少し海外拠点へ回すことができれば効率が上がるかもしれない。

こうした仮説を整理し、ギャップ分析を進める。


 翌週の朝、佐々木はオフィスの片隅でノートPCに向かい、目の前のエクセル表と睨めっこしていた。

前回、コンサルタントの庄司(しょうじ)から教わったフレームワークをもとに、人材プール再編計画の草案をまとめたつもりだったが、何度見直しても腑に落ちない箇所がある。

誰をどの部門へ異動すべきか、どのタイミングでスキル移転を行うか、事業計画との整合性は十分か――整理はしたつもりだが、実務として説得力があるかどうか、いまひとつ自信が持てない。

 「佐々木くん、どう?」

 後ろから声をかけたのは、先輩HRBPの村井だ。

 「正直、全然ダメみたいです」と佐々木は苦笑した。

「人材マッピングも事業計画との紐づけも形は作ったんですが、なんだか机上の空論な気がして。現場をどう納得させられるか、まだ手応えがないんです。」

 村井はプリントアウトした佐々木の資料を持ち上げ、「このスキルマトリクス、たしかに可視化はできてるけど、現場目線で見たときに『なぜこの人がそこに割り振られるのか』がピンと来ないなあ。

たとえば、このベテラン技能工を新ラインへ移す理由は? 単に技術伝承が必要だからって説明だけでは説得力に欠ける。

本人にとってどういうメリットがあるのか、部門長にとってどんな成果を期待できるのか、もう少し踏み込みが必要じゃないか?」

 「ああ、そうですね…。」佐々木は頭をかく。論理的には合っていても、ステークホルダーを納得させるストーリーがない。

 その日の午後、村井の提案でオンライン会議室に再び庄司を呼び出した。

 「庄司さん、すみません、またお時間を割いていただいて。」

 画面に映った庄司は柔らかな表情で応じる。「もちろん。どうしたんです?」

 佐々木は資料を画面共有し、自分なりに組み上げたプランを説明するが、終わるや否や庄司は静かに首を振った。

 「なるほど、全体像は形になりつつあります。でも、現場を巻き込むには“WHY”が足りません。

なぜ、この人材プール再編が現場にとって有益なのか、なぜ彼らの協力が必要なのか、ビジョンと具体的な誘因をもっと明確に示すべきです。

また、スキルギャップ分析は良いとして、そのギャップを埋める優先順位や、トレーニング方法、評価指標が曖昧です。

現場は忙しいですから、実行可能性とメリットがセットになっていないと納得しづらいんです。」

 「了解です…じゃあ、例えばどうすれば?」

 庄司は端的に答える。

「ロードマップでフェーズ分けをしてみてはどうでしょう。3ヶ月後、半年後、1年後にどんな状態を目指し、どう行動するのかを時系列で明示するんです。

そして、そのフェーズごとの成果指標も立てる。例えば、半年後までに特定スキルを持つ人材を一定数育成する、そのためにOJTと研修、ローテーションを組み合わせる。

そうしたアクションプランをセットで示せば、現場も実行イメージを持ちやすくなります。」

 会議後、佐々木は再び資料を練り直すことにした。

しかし、すぐに理論がまとまるわけでもない。

そこで、まずは実際の現場に行き、試作品のプランを叩き台として意見を聞いてみることにする。

例え未完成でも、現場に近づくことで現実感を得ようと考えたのだ。

 翌朝、製造ライン横の小会議室。ライン長の鶴田(つるた)は腕組みしながら佐々木の説明を聞いていた。

 「……これが人材プールの再編イメージです。3ヶ月後までに新ライン用に3名をローテーションし、半年後には新技術研修を全員に実施することで、1年後には必要スキルを満たす人材層が厚くなります。」

 鶴田は眉をしかめた。「あのな、佐々木さん。うちは目の前の生産ノルマが詰まってる中で、研修だローテーションだと言われても、その間の穴をどう埋めるんだ? 新ラインに人を回すってことは、今いるラインの生産性を落とすってことだろ?」

 冷や汗が滲む佐々木。「それは、確かにごもっともで……。あらかじめ交代要員を確保するか、生産計画を微調整するか、その点については本部とも交渉し――」

 「交渉って、いつ誰がやるんだよ。現場の負担が増えるだけじゃないか。」

 畳みかけられる言葉に佐々木はしどろもどろになる。

結局、この日は鶴田から「現場を知らなすぎる」の一言で締めくくられ、すごすごと引き下がることになった。

 オフィスに戻った佐々木は再び村井のもとへ。

 「現場からお叱りを受けちゃいました……。」

 村井は苦笑した。「まあ、最初はそんなもんだ。君のプランは長期的には理想的かもしれないが、現場の日々のオペレーション負担を軽視してる。

スキルアップや人材流動化には一時的な負荷がかかる。その期間、現場をどうサポートするか、経営や人事からバックアップできる体制を一緒に提示しないと、彼らは動けないよ。」

 「なるほど……じゃあ、本部側で支援要員を一定期間確保するとか、外部から派遣社員を一時的に補充するとか、そういう補完策も組み込むべきですね。」

 「そう、それだよ。ロジックと現場感覚を両方兼ね備えるには、何度もやり直しが必要なんだ。庄司さんも言ってたろう?フェーズごとに明確な行動指針とサポートプランが必要だって。」

 佐々木は再度資料に向き合い、ロードマップを細分化した。

3ヶ月ごとに目標を設定し、その期間中の現場負担を軽減するための対策案も併記する。

必要に応じて社内のほかの人事機能や経営企画にも掛け合い、短期的な増員やシフト変更案も視野に入れる。

さらに、異動対象者のキャリアメリットや育成プログラムの目標も明示し、個人目線での納得感を高めた。

 ある程度計画が固まったところで、今度は事前に村井と庄司にレビューしてもらう。

オンライン会議で画面共有すると、庄司は満足そうにうなずいた。

「だいぶ具体的になりましたね。ステークホルダー視点が増えて、実際のオペレーションも考慮されています。」

 村井も笑顔で付け加える。「これなら現場も『なるほど、このフェーズでこういうサポートがあるならやってみようか』と思えるんじゃないか?」

 もう一度、佐々木は現場へ足を運ぶ。先日厳しい言葉を浴びせた鶴田に、新しい案を示す。

 「鶴田さん、先日は厳しいご意見ありがとうございました。今回は、そのご指摘を踏まえて、3ヶ月スパンで人材育成と移動計画を組み、同時に補完要員を確保するプランも盛り込みました。これなら現場負担を最小限に抑えつつ、将来の戦略に沿った人材プールを整備できると思うんですが……どうでしょう?」

 鶴田は資料に目を落とし、しばし沈黙。

「ふむ、確かに前より現実的だな。補完要員確保や、一時的な業務アジャストをちゃんと考えてる。これなら試してみる価値はあるかもしれない。」

 少し柔らいだ表情を見て、佐々木は内心ほっとした。

 こうして何度もダメ出しを受け、検討し直した案は、ようやく整合性と実行可能性を兼ね備えた。

佐々木は再び資料をまとめ、平田本部長のオフィスへ向かった。

「本部長、以前お話した人材プール再編の計画について、修正を終えました。」

 平田が資料に目を通す。ライン構成変更、育成プログラム、短期的な業務調整策、評価指標――様々な要素が無理なく組み込まれている。

 「なるほど、最初の案よりずっと具体的で、現場を巻き込む算段ができているな。現場長からもフィードバックを受けて改善したと聞いている。よし、これでいこう。」

 平田からの承認に、佐々木は心の中で小さくガッツポーズをとった。失敗や指摘を経て、少しずつ前進した結果だ。

 こうして第2話は、佐々木がHRBPとしての実務に悪戦苦闘しながら、外部コンサルタント庄司や先輩村井の指導、そして現場からの叱責を経て、ようやく実行可能なプランを作り上げるまでの道のりが描かれた。

ロジックと現場感覚、両方が大切であることを痛感しながら、彼はHRBPとして一歩ずつ成長を続けていく。


第2話解説:プランの試行錯誤とステークホルダー巻き込みの重要性

 第2話では、HRBPとしての具体的な課題解決プロセスがより踏み込まれて描かれます。

主人公・佐々木は、人材プール再編という中長期的な人材戦略課題に直面し、単なる机上の整理だけでは先に進めないことを痛感します。

ここでは、HRBPが真にビジネスに貢献するために必要な「試行錯誤」と「ステークホルダー巻き込み」、そして「実行可能なプラン設計」の重要性について解説します。


フレームワークを用いても、簡単にはいかない理由

 第1話で示されたHRBP像から一歩進み、第2話ではコンサルタントの庄司から提供されたフレームワークや思考プロセスをもとに、佐々木が人材プール再編計画を組み立てます。

ここで注目すべきは、理論やフレームワークはあくまで「道具」であり、それを使って合意可能な現実的な計画に落とし込むには、何度ものトライ&エラーが必要だということです。

 HRBPにとって重要なのは、「美しい論理」だけでなく「現場で実行できるか」という視点です。

スキルマトリクスやロードマップを描くだけなら、デスクの前で完結できます。しかし、それが本当に現場での運用に耐えるかは別問題です。

理想的な配置や育成プランを掲げても、日々の生産ラインを維持する現場は「負担の増加」を懸念し、個々の従業員は「メリット」や「動機付けの明確化」を求めます。

こうした多様なニーズに応えるには、単純な論理展開だけでは不十分で、実務的な工夫や譲歩が不可欠になります。


ステークホルダーを巻き込み、調整するスキル

 第2話では、佐々木が先輩HRBPの村井、外部コンサルタントの庄司、そして現場リーダーたちと何度も対話を重ねる様子が描かれます。

ここで示唆されるのは、HRBPには「社内外交官」的な役割があるということです。

 - 先輩や外部の専門家との対話:庄司のような外部コンサルタントや経験豊富な先輩HRBPは、HRBPに有用なフレームワークや過去の成功事例を提供します。しかし、それをそのまま使うだけでは不十分。自社・自部門ならではの状況に合うよう、独自の工夫が求められます。

 - 現場への入り込み:現場リーダーとのディスカッションにおいて、当初のプランは「現場負担を無視している」として叱責を受けます。ここで学べるのは、HRBPがプランを提示する際、常に現場視点で実行可能性、導入時のサポート体制、短期的な痛みやリスクをどう軽減するかを示す必要があるということです。

 このようなステークホルダー間の「擦り合わせ」こそが、HRBPの真髄です。

HRBPは単なる人事施策の打ち手ではなく、ビジネス・現場・個人の利益をバランスよく組み合わせる「オーケストレーター」としての役割を果たします。


実行可能な計画への磨きこみ

 第2話で最終的に佐々木が作り上げたプランは、当初よりも現場に寄り添い、フェーズごとの明確な目標、サポート策、教育プラン、評価指標が統合されたものになっています。

これは、一度叱責されたり、ダメ出しを受けたりした結果、計画が研磨され、よりリアリティを帯びた点が特徴です。

 HRBPの仕事は、一回で「完璧な計画」を作ることではありません。

むしろ、初案を出してフィードバックを得て、修正を繰り返して精緻化するプロセスそのものが、HRBPの価値を生み出します。

その過程で関係者は、HRBPを「単なる人事担当」ではなく「事業パートナー」として認識し、信頼を深めていくのです。


全体を通じた学び

 第2話で示されるポイントは、HRBPが実際に組織変革に寄与するうえで欠かせない要素です。

 - 論理とフレームワークを武器にしながらも、現場実情と照らし合わせて実行可能性を高める。
 - ステークホルダーごとの価値観・懸念点を踏まえ、柔軟に計画を修正する。
 - 改良のプロセスを通して、HRBP自身も成長し、組織内での信頼と影響力を獲得する。

 これらは、実際の企業でHRBPを導入したり強化したりする際にも、極めて重要な示唆を与えるものです。

HRBPは単なる施策実行人ではなく、事業・現場・個人を結びつけ、戦略を実務レベルで展開するための「橋渡し」的存在です。

その橋がしっかりしたものとなるには、多くの対話、試行錯誤、調整が欠かせません。

 本解説は第2話を受けて、HRBPが直面する「実務化の難しさ」と「ステークホルダーとの調整プロセス」を照らし出すものであり、この物語を読み進める読者には、HRBPが果たし得る価値や意義をより深く理解する一助となれば幸いです。



第1話
https://note.com/s_grownexus/n/ncaadda002743


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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