お金をいただくことの意味。
価値を提供することに対しての対価として
お金をいただく事に関して、
自分自身で思うこともあり記してみたいと思います。
事を始めるにあたって、
まだ技術がないからとか
自分自身に自信がない事を理由に
無償で何かをおこなったり
対価として金銭を
頂かないという事を、
よくやりがちというか、
やってしまう傾向にあるよなぁと
思っています。
自分自身に当てはめてみても
そういう傾向はありますし、
周りをみても
似たような事を行っている方を
たくさん見かけます。
もちろん、
自分の中で決めた事で
納得がいっているのなら
それで良い面もあるでしょうが、
理由なく行っているのならば、
それはやめたほうがいいなという
出来事がありました。
理由があって無償としている場合でも、
やはりそれなりに時間を使っているわけです。
その人のためにかかった時間が、
多かれ少なかれ
どれだけかあるわけです。
やってもらう側からしたら、
お金をかけずにある程度の
価値や知識をいただけるので、
もちろん「ラッキー!」だと
思うでしょうし、
受け取ったものに関しても
そんなに重要に感じる事も
ないのではと思うのです。
しかし、提供側に立つと
何らかのコストは
それなりにかかっているということが
理解できます。
どなたかが言っていた、
「真剣に聞きたい事のない人の
相談をするのは難しい。
こちら側の解釈のボールを投げても
反応が薄かったり帰ってこなかったりする」
この通りのことが、
自分にも起きました。
何事も、やはり
相手ありきです。
相談事に関してもそうですが、
相手との会話や問題点を
しっかり理解した上で、
解決策や情報共有を大切にする
意味が生まれます。
無料だと真剣さゼロの人もやってくるので、
それはお互いにとっても
意味のないものになりやすいというのは、
もう本当にその通りだと思いました。
一言でもお礼や挨拶があれば
納得できる部分もあるのでしょうが、
何もないという事も経験し、
それは人としてどうなんだろうかと
自分自身が感じてしまった
出来事もありました。
(自分がまだ未熟だったとも思います)
だから、
そういう無意味さを感じない為にも、
ある程度の対価をいただくための
金額を設定しておく事は
大切な事なんだなと
身をもって感じました。
対価をいただくというのは、
自分のもとに来てるださる
人を選ぶことでもあるのだと。
良い経験にもなりました。
今後は意味もなく無料にする
という事は、
絶対に行わないと思います。
ものや価値の提供をする側に回ると、
価格の付け方は
悩みの種の一つになるかとは思います。
しかし、しっかりとした価値を
提供するなら、
その価値をきちんと
受け取ってくださる方に
来て欲しいですよね。
そういうきちんとした
受け皿という意味でも、
それなりの価格を設定しておく事は、
意味のある事なんだなと
思った出来事になります。