丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 MIMOCA【谷口吉生2】 香川県丸亀市
戦国時代を収束させたのは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康による全国統一事業。当時の3人にどこまでヴィジョン(統一の意志)があったのかは分かりませんが、そのプロセスにおいて地生えの勢力がゆかりのない地域へと領地替えされたコト(承諾しなければ所領の召上げや粛清が)が斬新。
江戸時代の四国には、結果として地生えの大名(守護系、有力国人系)たちは生き残ることができませんでした(九州に久留島氏ぐらいでしょうか)。
その中で讃岐の丸亀(香川県)に落ち着いたのは、室町幕府内で大きな影響力を持った、鎌倉以来の名門武家でした。
江戸時代に長く丸亀城主を務めたのは京極家。四国では数少ない鎌倉以来の家で、バサラ大名、京極道誉(佐々木高氏:1306-1373)が知られています。室町幕府では四職を務めた家格。
丸亀市の人口は107,000人と香川県第2の都市。本州岡山県側から香川県側へと渡るには、高松市へのフェリールート(60分)と丸亀の東隣、坂出市への瀬戸大橋ルートがあります(時間に余裕があるなら海路一択)。
市のシンボルは現存12天守の1つ丸亀城。高い石垣の上に小さな天守がチョコンと座っています。長ーい直線坂は気合が必要。
2024年からお城に宿泊する豪華プラン、いわゆる城泊をスタート。
なかなかパンチのある料金設定ですが、価格とサービスが見合うかどうかは宿泊してみないと分かりません(1泊126.5万円 / 2人)。
猪熊弦一郎現代美術館
香川県丸亀市浜町80-1
そんな丸亀の駅前にあるのが、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)。1991年の開館で、丸亀出身の猪熊さんから寄贈された約20,000点の作品を展示・収蔵しています。
設計は日本各地で印象的なミュージアムを手掛けている谷口吉生。
シェルの歌は、貝がスーパーサイヤ人化したような作品。
グラスファイバー製ですが、過去には針のような部分が折られる被害が。
小学生だった猪熊さん(流れたゲタを追いかけ川で溺れる)を助けてくれたオジサンに捧げた作品(写真ではちょっと分かりにくい)。
谷口吉生という人
谷口吉生(1937- )は建築家で、丹下健三(1913-2005)の門下生。
水平も垂直もピシッとした直線が印象的で、スッキリした建物をデザインする人。また水盤が代名詞のような建築家ですがMIMOCAには無く、谷口建築では少数派。
MIMOCA入り口側のファサードは、トーハクの法隆寺宝物館とオーバーラップします。館内には模型も展示。
谷口建築 3選
インバウンドのお客さんあふれるトーハクにおいて、最も静謐な空間。
展示品は外国人が最も興味を示しそうな気はしますが。
老朽化のためリニューアルされる事が発表されています。水族館は隣地に新築され、谷口建築は保存利用される模様。
金沢21世紀美術館と並び、今や名所ミュージアムになっている鈴木大拙館。
2011年開館と比較的新しい館ですが、2023年には早くも改修され驚きました。予想以上の来館者(2018年度で79,000人)で劣化が進んだそうです。
猪熊弦一郎という人
猪熊弦一郎(1902-1993)は丸亀出身のアーティスト。
フランスではアンリ・マティスに師事し、藤田嗣治と親交を結んでいます。ニューヨークやハワイ等、海外も制作拠点に。
猪熊さんは、三越の包装紙「華ひらく」(石がモチーフ)もデザインしています。興味深いのは、この包装紙デザインに関わったのが当時三越宣伝部の社員だったやなせたかし(アンパンマンの父:1919-2013)。
やなせさんは土佐の人で、猪熊さん同様故郷にやなせたかし記念館(アンパンマンミュージアム)が。不思議な縁です。
そういう目線で包装紙を見てみると、かびるんるんのモチーフはコレだったのか!とも思えます(あくまで個人の感想)。
猪熊さんはミニマリストとか断捨離とは対極にある人のようです。
愛着を持ったモノは、ただのモノではありません。
街の風景の立面図的な作品群でしょうか。後にアーティゾン美術館で同じカテゴリー作品を目にします。分かるような分からないような(笑)
実は丸亀には何度か足を運びながら、MIMOCAはスルーしていました。
ただこの日は、かなりの雨降りだったので入ってみるコトに。
館内の明るさ(MIMOCA)が法隆寺宝物館の暗さとあまりにも対照的で印象に残っています。現代美術と歴史美術という展示品の違いでしょうか(たしかに豊田市美術館も明るく、谷口建築では歴史系は少数派)。
中身より器の方に興味が向いてしまいましたが、現代美術系の谷口ミュージアムで歴史系企画展を見ると、どういった印象になるのでしょうか。