素直に認めない一目惚れ-中編
「素直になりたいひねくれ中学生」
1.2 素直に認めない一目惚れ-中編
彼女は黒木燐と言うらしい。部活は吹奏楽を検討中で、友達からは姉御と呼ばれている。
授業の後、ホームルームが始まるまでの休み時間。文庫本の字面を目で追いながら、泡沫よりも儚い思考がゆるゆると流れていく。
(僕は何をしているんだろう)
冷静に、そう思う。
こんな盗み聞きじみたことをするなんて、まるでストーカーじゃないか。いやいや、どのような環境でどんな風に育てばあんなユーモア溢れる女の子に育つのか、そこに興味があるだけで他意のある話じゃない。
女性は怖いし。
自分から関わりに行くなんて、狂気の沙汰だ。僕とは異なる身体構造をしていて、僕とは異なる思考で行動していて。思考の優先順位が理解できないから精神的地雷も全く見当がつかない。僕にとっての当たり前が女性にとっては異常で、女性が怒り出したら僕が何をしても止めることなんてできなくて。だからこそ、手を出さないのが大正解。
頭をよぎる“元”母親の顔。そして冷たい目で僕をなじる、女子の姿。
女性に関わりに行くなんて、狂気の沙汰だ。
「座ってー、ホームルーム始めるぞー。部活動見学は――――」
教壇に上がった担任が、あれこれと話し始める。
部活動見学は初日にめぼしいところを回った。剣道部に入るつもりだけど、提出まではまだ時間がある。僕には関係のない話。家庭への配布プリントはそのうち回ってくるし、今はまだ関係ない。このまま読書続行。
あれこれ考えるのは煩わしい。
文字を追いかけていくうちに、僕はいつの間にか物語の世界に没頭していった……。
「おーい、聞こえてる?」
耳許で話しかけられ、飛び上がる。
振り返ると、背中の後ろで手を組んだ燐が、僕に話しかけてきたところだった。
「すっごい集中力だねぇ」
半ば呆れた声音に、思わず頬を掻く。
「あー、昔から周りの物事が見えなくなるタチで……」
「おじいちゃんみたいな言葉選びするじゃん」
僕の物言いにクスクスと笑う燐。キツめの顔立ちなのに、その笑い声だけは無邪気に響く。
「何かあったの。急に声をかけてきたけど」
「あぁ、あたしもう帰るんだけど、窓とかどうしようかなって」
辺りを見回せば、僕と彼女の二人きり。時計は5時前を指している。
「もうこんな時間か……。僕も帰るよ。ごめんね、気を使わせちゃって」
「んじゃ、一緒に窓閉めよっかー」
くるんとスカートを翻しながら、彼女は窓へと向かっていく。歩幅が大きく、頭がぴょんぴょんと上下する歩き方。まるでスキップでもしているかのよう。運動場側の窓、教室の後ろ側から、次々窓を閉めていく。
彼女と反対側、教室前方の窓へと向かう。そんなに時間はかからず、ちょうど真ん中の柱の前でかち合った。
「よし。下駄箱までは一緒かな? 帰ろっか」
生来の気さくさを覗かせて、燐は引き戸に向けて歩いていく。彼女と同じように鞄を背負い、教室唯一の出口になった扉へと歩いていく。
「家はどのあたりなの」
「東の方。ちょっと遠くて、それなりに時間かかるんだよねー」
「そうなんだ、僕とは逆側だ」
廊下に出る。夕日と言うには高すぎる太陽から、光が廊下に落ちてくる。身長差からか、歩幅はあまり気にしなくてよかった。
「新しい人間関係、ちょっと大変だよね」
横から視線だけ突き刺しながら、彼女は言う。
「知らない人が多すぎて気が滅入るよ~」
「まぁ、全く関わりのない人ばっかりだしね」
そうか、同級生についてそう考える人もいるのか。僕にとっては新しいものの考え方。気分が上を向いていくことを自覚する。
「それでも僕は、人間が入れ替わっただけで小学校時代と大して変わらないと思うよ。何かが変わるとしても、今はまだ入学したてで、小学校の延長線上でしかない」
「おー、そんな見方もあるんだ。確かにその通りかも」
一人頷きながら、僕から視線を離す燐。
「確かにみんな、年上っぽく振る舞う素振りもないし、小学校とそんなに変わんないねー」
下駄箱、運動靴を放りながら、燐は笑う。
「なんか気が楽になったよ。これから……、いつもではないかもしれないけど、よろしく!」
手を振りながら、走っていく燐を見送った。
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