素直に認めない一目惚れ - 前編
「素直になりたい捻くれ中学生」
1.素直に認めない一目惚れ
4月。
こんなものか。
それが僕の、新しい中学生活への感想だった。
中学生になりたてのガキンチョが何を偉そうに、とは自分でも思うところだが、初めての教室、初めての同級生たち、初めての環境に対して、小学校生活との違いが見出せないのは事実。
同級生たちの成長しきらない幼い顔つき。新世界に浮かれて騒ぐ立ち振る舞い。幼稚なふざけ方。果ては机、椅子、黒板といった学校の備品まで。
そのすべてが、数ヶ月前に旅立った小学校の教室と、何ら変わらないのである。変わったのはせいぜい、身を包む制服くらいのもの。中学生になれば無条件に大人への階段を進むものだと思っていた身からすると、なにもかもが拍子抜け。
授業の待ち時間に、家から持ってきた文庫本を開く。香月日輪の「下町不思議町物語」。
担任の先生はすぐにやってきた。樽みたいなお腹をした、まだ若いエネルギッシュな理科の先生。
「それではー、今から授業を始めます。今日の内容はナノハナの解剖。教科書は32ページね。ここにある花とカミソリをひとつずつ持っていってください。刃物なんで気をつけてよ、怪我のないように」
一斉に席を立つクラスメイトを尻目に、本を読み続ける。人混みはうざったい。どうせ順番は来るので、人がはけるのを待つ。
席に戻ってきたのは、授業が始まってから5分が経った頃だった。
教科書は待ち時間に読んだ。やりたいこととその手順はもう掴んでいる。花びらをむしって、ガクをちぎって。残っためしべにカミソリを入れる。木目の天盤に傷を付けながら、子房を二つに割る。種子を確認すれば、今日のやること終わり。セロハンテープで、解体した花の部品をすべてノートに貼り付ける。
見回してみると、まだ終わっていない人は結構いた。2,3人の手元を覗けば、子房を割るのに苦戦しているようだ。
「せんせー、また失敗した!」
高校生みたいな身長で、性格は子供のクラスメイトが、席を立って黒板に走ってゆく。
「お前また失敗したんか! 縦にピッと割るだけやん!」
笑いながら、先生。
「さーせーん」
適当に聞き流すクラスメイト。席に戻る。
……と。
「もはや踏み荒らされた菜の花畑じゃん」
彼の隣から、そんな声。
心地よいアルトを響かせる紅を引いたような唇。スッと通った鼻筋。雰囲気によく合うキツめの目許。前髪は伸ばして左右に分けられており、綺麗なおでこまで顔が覗いている。
彼女は隣の机を見下ろしながら、皮肉っぽく言った。
「あるいは狐に荒らされた畑か。あとできちんと片しておきなよー」
「うっさいわ!」
笑いながら、彼。親しげに話しながら、それぞれ作業を進める。
ハッキリとものを言う彼女に興味を持った。
男勝りなその言動に好感を持った。
なによりも地頭の良さが滲むその言い回しに惹き付けられた。
彼女はどのような人間なのか。どんな風に物事を考えるのか。何を好んでいるのか。
彼女のことを知りたくなった。
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