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『いちご白書』を、もう一度。

 昔、子供の頃「いちご白書をもう一度」という歌がヒットした。バンバンというグループの曲で(作者はユーミン)僕はその哀愁のあるメロディーがとても好きだった。歌詞の内容から「いちご白書」というのはどうやら映画のタイトルであるということがわかり、その映画をいつか観ることが出来たらいいなと漠然と思っていた。ある日、中学生になった僕はふと入った本屋さんの棚に原作の文庫本を発見する。買って帰り早速読み始めるとなんとまあ難解なこと。

 当時の中学生にとってルポルタージュのようなアメリカの学生運動の手記などとても取っつきにくく、それでも修行のように時間をかけて少しずつ読み進めていくと、やがて僕はその後の人生にとても大きな影響を与えるかもしれない忘れ難い一節を目にする。

 ベトナム戦争に反対する作者を含む大勢の学生達は大学を占拠していた。そして排除するためにやって来た警官と衝突、揉み合いの末に連行される。軽蔑の対象であり、体制側の憎むべき相手である警官達に連れられて裁判所の地下監房へ。向かう途中、エレベーターの中で白人警官がこんなことを言う。

「お前たちもよくやるじゃないか、ベトナムの最前線に送るのにちょうどいい」。

すると学生のひとりが、「ベトナムは今、ここにある」とやり返す。

そんなやりとりのあと作者は何かを感じ、降り際にエレベーターを運転していた黒人の警官を見る。するとその警官はなんとも信じられない一言を学生に向けて言い放つのだ。

 「信念を曲げるなよ」

 それを聴いた作者は大変に驚き、耳を疑う。なにしろ言ってはいけない側の人間が若者を鼓舞するようなとても重要で大切な言葉を発したのだ。その場にいた学生達はみんな大喜び。そして僕もこの瞬間に電気が走る程の大きな衝撃を受けた。
その時、僕はまさに自分にも言われたような気がしたのだ。

 それからというもの、僕の背中には「信念」という見えない棒が充てがわれたような気がしていた。子供だったから、時には間違えた信念の持ち方もしたことだろうし、後悔も多々あったことだろう。でもそのおかげでいろんな人たちに出会えたし、紛れもなく僕は今ここでこうして生きている。

 本の中のこのシーン、実は映画には出てこない。映画を見てとてもがっかりしたことを覚えている。いろいろな事情があって映像には出来なかったのだろうけど。何かクリープのないコーヒーを飲んでる感じ(知らない人にはゴメンナサイ)。でもサントラは好きで特にサンダークラップニューマンの「Something In The Air」という曲をよく聴いた。

 今回これを書くにあたり、記憶を確かめるために何十年かぶりに当時の本を開いた。ページをめくっていくと、予想通り、しっかり線が引いてある。他にも数カ所線が引いてあって、お前、本当に理解して引いたのかよと当時の僕に向かって。

 表紙も取れて今ではすっかりウイスキー色に変色した本。読み返すことはもうないだろうけれど、僕にとっては大切なお守りのように、きっとずっとこれからもかたわらにある。


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「いちご白書 / オリジナルサウンドトラック」

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