Ⅰ章 彼の場合②
「この資料の内容すごく良かった。ただそうだね……。強いて言うなら、この部分とここの言い回し。もう少し丁寧にした方が全体的にもっと綺麗になると思う。あと脱字見つけたからマーク付けておいた。係長に見せる前にそのあたり修正すれば大丈夫だと思う」
僕は社内では指導に定評がある。だから今回も指導業務が回された。こちらも慣れているし、重い責任のある仕事を増やされるよりずっと良い。
昨日の今日で身体が重い。
結局、昨日はいつも通り泊まって、朝帰りだった。
シャワーだけ浴びて朝食も口に入れずにここにいる。
こうした朝を迎えるたびに倦怠感という言葉の意味を実感する。
なんでこんなこと繰り返してるんだろう。彼女でもない女を相手に。
結論はわかっている。けど止められない。
自分が消えてしまうような気がしてならないから。
「あの……木嶋さん。さっきの資料を確認してほしいのですが……」
「あ、あぁ。ごめん。ちょっと記憶飛んでた。ダメだね、ごめん」
資料の出来はだいぶマシになった。これなら揚げ足取りが趣味の係長に見せても嫌味くらいで終わるだろう。フォローも少なくて済む。そちらの方が業務としては面倒だから。
「木嶋さん、一緒にお昼どうですか」
「うれしいけどほら……。ごめん」
そう笑いながら言って、僕は同僚の女性社員に今朝買ったコンビニのレジ袋を見せる。
あらら、残念と言いながらエレベーターのドアに飲み込まれる彼女たちを眼で見送る。
————社内でそういう気にはなれないんですよねー。
「ま、そんなこと言えないけど」
社内の飲食スペースに座ってコーヒーを飲みながら軽食を摂る。
こうした声が掛かったのは何度目だろうか。嬉しくないわけじゃない。ただ別れた時が面倒だったり、付き合っていることを言いふらされてもストレスが溜まる。コーヒーの表面を眺めながらそう思う。
「さて、午後の仕事をしますか」
本日は有難いことに金曜日。業務の見込みも着いた。しかも三連休。
綺麗に終わってくれたら最高、と言いたいところだけど、そうもいかないだろうな…。
携帯に眼を配るとメッセージが複数入っているのが確認できた。
「ま、そうですよねぇ……」
あぁ…今日の仕事早く終わったら仮眠取ろう。
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