【調査記録】2024年秋・ヨーロッパ①:大英図書館編🇬🇧
2024年10月29日〜11月9日にかけて、イギリスとドイツで文献調査を行いました。自分にとって初のヨーロッパ渡航、そしておよそ5年ぶりとなる本格的な文献調査でした。個人的にはかなり充実した調査を行うことができ、現地で興味深い体験もしたので、その時の記録を情報共有も兼ねて記したいと思います。今回は大英図書館編🇬🇧です。
サイバー攻撃後の大英図書館で文献調査
イギリス渡航の最大の目的は、ロンドンの大英図書館(British Library)で文献調査を行うことでした。世界中のあらゆる分野の研究者が貴重資料を求めてやってくる、世界最大の学知の宝庫です。年中無休(祝祭日や元旦を除く)、無料で誰でも利用可、Wi-Fi・電源有りなので、ロンドンの大学生や一般の人たちも勉強しに来ていて賑わってました。アクセス方法は、地下鉄のKings Cross St Pancras駅かSt Pancras International駅から東に歩いてすぐの所にあります。ロンドン大学(University of London)や大英博物館(British Museum)も周辺にあり、ロンドンの中でも非常に活気のあるエリアです。
Reader Passの取得
10/30(水)の午前7時、イギリスに到着し、Earl's Courtのホテルに荷物を置いて早速地下鉄で大英図書館に向かいました。入館して荷物検査を受けた後、そのまま施設内のロビーやデスクが並んでるスペースで作業することも可能ですが、私のような研究者は、最初にReading Room(閲覧室)の利用申請を行い、Reader Passを手に入れるのが一般的です。というのも、図書館内に所蔵されている資料は、そのReading Room内でしか閲覧することができないからです。それからReading Roomはより静かでデスクも広く、確実に電源・Wi-Fiの恩恵に与ることができるので、勉強に集中したい人も利用申請をするのが普通みたいです。私はイギリス滞在中のほとんどの時間はReading Roomに篭って、ひたすら資料のコピーなどをしていました。
さて、そのReading Roomの利用申請です。申請方法に関しては、他の方々がすでに書いてくださってるので、詳しくはそちらをご参照ください。
大英図書館リーダーパスの作り方!YMS&留学のロンドン在住者は必携!!https://lifebeginnerz.wordpress.com/2019/03/24/british-library-reader-pass/
本来であれば、利用申請をしてReader Passを手に入れるためには、事前のオンライン申請が必要なのですが、私が調査を行った2024年10-11月時点は、大英図書館が2023年10月にサイバー攻撃を受けてシステム障害が生じた後だったので、事前のオンライン申請が廃止されていました(上記の記事はサイバー攻撃前の2019年時点の情報です)。そしてその影響なのか、2024年3月21日より前にReader Passを発行・更新した人は、再申請の手続きが必要になっています。私は今回が初めての申請だったのでそこまで問題はなかったのですが、サイバー攻撃前に利用経験があり、Reader Passの有効期限が切れたので再申請するという人は、少し不便に感じるかもしれません(むしろサイバー攻撃後の変化で最も困ったのは、後述する資料の請求・閲覧でした)。大英図書館HPでは、サイバー攻撃によるオンライン申請の停止について、以下のような説明が掲載されています。
Reader Registrationという部屋が図書館の1F(日本で言うところの2F)にあるので、そこで利用申請を行います。申請に必要な書類は、1)顔写真付きの身分証明書、2)住所証明書、の2点で、申請料は無料です。身分証明書は外国人であればパスポートで問題ないですが、住所証明書に関しては少し厄介でした。日本で住所証明というと住民票が一般的なので、私は住民票の英語版を市役所に発行してもらうとしましたが、どうやら日本の市役所では公的書類の英語版は発行していないようでした。一応の方法として、自分で英訳した住民票を役所の窓口に持っていき、公式に英訳された書類であることの証明を受ければ、英語版の住民票として認められるらしいのですが、手間と時間がかかるのでこれは諦めました。他の人の体験談を見ると、国際運転免許証を提出してる場合が多かったのですが、あいにく私は免許を持ってませんでした。
そこで今回持参したのがAmazonの領収書です。英語版の領収書を発行すれば、イギリスでも通用する立派な住所証明になると考えたのですが、残念ながらこれは受理されませんでした。受付の人曰く、理由は「Amazonの領収書に過ぎないから」で、公的機関や金融機関発行の書類でないとダメらしいです…。私は他に住所証明になり得る書類を持っていなかったので、正直もう調査を諦めかけていました。しかし、困り果てている私のパスポートをパラパラとめくっていた受付の人が、最後のページの手書きの住所記載欄を見て、「これはあなたの住所ですよね?これなら住所証明として受理できますよ」と言ってくれたのです。公式でもない手書きの、しかもパスポートに書かれてるのは旧住所だったのですが、これが何と住所証明として受理されました。今後大英図書館で調査を検討しているが、英語版の住所証明書がなく困ってる人は、パスポートの住所記載欄を見せると良いかと思います。ただ、これが確実という訳ではないので、あくまで最後の手段として考えてください。
身分証明書と住所証明書が受理されてからは、指示に従って手続きを行うだけです。Reader Pass発行デスクのPCで、係の人に教えてもらいながら生年月日や住所などを入力した後、備え付けのカメラでReader Passに載せる用の顔写真を撮ってもらいます。Reader Passはその場ですぐに発行され、無事受け取ることができました。
Reading Roomで資料の閲覧・複写
これで文献調査の準備が整いました。Reading Roomの利用に際しては、飲食物などの持込みは厳禁(コート類も)で、全てロッカールームに預ける必要があります。PCやタブレット、スマホ、充電器、イヤフォンなどは持込み可ですが、筆記用具の持込みは鉛筆のみ可で、シャープペンシルは不可です。ちなみに私は目薬を持ち込んだところ、液体なのでダメだと言われました。この辺りは日本の公営図書館よりも制限が厳しいと思いますが、資料を適切かつ厳重に管理するという目的には適っているので、理解できます。以下、Reading Roomの利用規則です。
Reading Roomは複数あり、それぞれの部屋が蔵書の分野や利用目的に対応しています。私が主に利用したのはAsian & African Studiesという部屋で、その名の通りアジア・アフリカ関連のあらゆる資料(刊本・写本・視覚資料など)が閲覧できます。他にもBusiness & IP CentreやHumanitiesなど、計9つのReading Roomが設置されています(https://bl.libguides.com/currently-available/introduction/in-our-reading-rooms)。また、大英図書館の開館時間は月-木が9:30-20:00(金曜は18:00閉館)、土曜が9:30-17:00、日曜が11:00-17:00ですが、Reading Roomの開室時間は9:30-17:00と少し短め(日曜は終日closed)なのでご注意を。
Reading Roomに入室し、目当ての資料を探していきます。2024年3月21日以降にReader Passを発行・更新した人であれば、事前にオンラインで資料を請求し、当人が訪問する日にちに合わせて資料を用意してもらえます。私はReader Passを受け取ったばかりなので、まずやるべきことはオンラインでの資料請求です。カウンターのスタッフに直接リクエストできると思ってましたが、たとえReading Room内にいようとも、オンラインでの請求が基本らしいです。下の写真のようなリクエスト・フォームに図書館のHPからアクセス可能なので、必要な情報を入力していきます。
このように、必要な資料を一つずつ(というのが面倒ですが…)請求していきます。また、請求できる資料の上限は1日6点までと決まってます。さらに請求した資料がロンドンの大英図書館ではなく、ヨークシャーの大英図書館(地図上はWetherbyという街にあります)に所蔵されてることがあり、その場合は資料が届くまで2営業日ほどかかります。私が請求した資料の多くがヨークシャーの方にあったため、調査初日は目当ての資料を一つも閲覧することができませんでした。イギリスに到着したばかりで疲労と眠気がピークだったので、この日は資料請求を済ませた後すぐホテルに戻って休み、1日目が終わりました。利用予定の方は、事前にオンライン・カタログで閲覧したい資料がロンドンとヨークシャーのどちらにあるのかを調べておいた方が、調査はスムーズに進ことでしょう。
資料が届くまで時間が必要だったので、私が本格的に調査を開始できたのはイギリスに来てから3日目のことでした。ようやく目当ての資料が手元に届き、ひたすら写真を撮っていきます。特に制限がなければ、閲覧資料の写真撮影は自由(恐らくページ数の制限もなし)です。この点は非常にありがたかったです。周囲への配慮として、シャッター音はなるべく抑えた方が良いかもしれません。私はAdobe Scanというスキャン用アプリを使って、iPadやiPhoneで資料を撮ってましたが、明らかに文献研究者と思われる方が自前の一眼レフで重厚な資料を撮影していて、気合いの入り方が違うなと思いました。
今回コピーを入手した資料についても少し触れておきたいと思います。一つ目はカリームッラー・ジャハーナーバーディー(1729年没)著 Tasnīm al-Tawḥīdの英訳です(「タスニーム」は楽園に湧き出る泉の名称で、クルアーン83章27節に出てきます)。ジャハーナーバーディーは17-18世紀デリー出身のスーフィーで、日本では全く知られていませんが、当時のインドで衰退が顕著だったチシュティー教団を再興させた重要人物です。このTaṣnīm al-Tawḥīdはアラビア語で書かれたのですが所在不明(出版済みかどうかも不明)で、英訳版だけが大英図書館にかろうじて所蔵されてました。今後インド・パキスタンに行った時にアラビア語原版を発掘したいところです。もう一つは、これもジャハーナーバーディーの手によるMuraqqa‘(粗衣)というペルシア語著作です。彼の一番有名な著作にKashkūl(托鉢椀)というチシュティー教団の修行法を論じた作品がありますが、Muraqqa’はその続編になります。Kashkūlは入手済みでしたが、Muraqqa’は日本の図書館には所蔵されていなかったので、今回入手できたことの意義は大きいです。
写本の閲覧・複写について
写本も豊富に所蔵している大英図書館ですが、写本の閲覧は刊本とは勝手が違います。まず、写本はオンラインで検索をかけることができません。これもサイバー攻撃の影響で、現在は写本カタログのWeb公開を停止しているためです。ではどのようにして写本を請求するのかというと、Reading Roomにある大英図書館の写本カタログを見て、閲覧したい写本のタイトルと番号を控えた上で、先述のリクエスト・フォームから請求します。私の場合は、事前に二次文献から必要な写本の情報を得ていたので、実際にその写本が閲覧可能かどうか、フォームにはどのように入力すればいいのかをLibrarianの方に聞いた上で請求することができました。
そして請求した翌日に無事写本を閲覧することができましたが、ここでもう一つの壁です。恐らくほとんどの写本は原則的に写真撮影不可で、もし写真を撮りたい場合は、図書館のキュレーターから許可(permission)を得る必要があります(刊本でもpermissionが必要なもの有り)。大英図書館には言語ごとに異なるキュレーターが在籍しており、自分の場合はペルシア語の写本だったので、ペルシア語担当のキュレーターに写真を撮りたい旨のメールを送りました。ただ、閉室時間の直前にメールを送ってしまったためか、その日のうちに返事は来ませんでした。その日は大英図書館での調査最終日だったので、手書きで可能な限りの複写を試みましたが、1時間少しで2ページ書き写すのがやっとでした…。17:00になりReading Roomは閉室、これにて4日間にわたる大英図書館での文献調査は終了です。刊本は必要なものを入手できたものの、写本に関しては課題が残る結果となってしまいました。また大英図書館にはお世話になることでしょう。
以上、大英図書館での調査報告でした。4日間利用してみて、図書館の設備・環境が本当に素晴らしいなと思いました。カフェやショップも併設されていて、飲食もReading Room以外なら可能なので、適度に息抜きをしながら過ごすことができます。スタッフも充実しており、特にLibrarianはプロ中のプロといった感じで、「国営図書館かくあるべき」だと強く感じました。いつかイギリスで在外研究の機会があれば、是非とも挑戦してみたいですね。
次回は、ロンドンのインド人街Southallについて書きたいと思います。