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認知症病棟の日常🌟歌を忘れたAさんが歌った話🌟
Aさんはまだ60代の男性なのですが、前頭側頭型認知症という認知症が進行し、もはや言葉をほとんど失っています。私は担当医ではありませんが、病棟当番という業務が持ち回りであるので、巡回の際には彼をみていました。私が今の病院に勤務し始めた時点で、彼は既に言葉を失っていました。
でも、彼の中にいくつかの歌が残っていました。その歌の最初のワンフレーズをスタッフが歌うと、続きを謳い始めます。時に病棟に響き渡る大声で歌ってくれました。
なーごやーはえーえーよ、みーちがひろいがねーー
という、良く分からない歌でした。
ですが認知症は進行し、最近では感情を出すことも、歌うことも減ってきていました。
視覚的、聴覚的な刺激には反応しますので、声をかけるとのっそりと立ち上がりこちらに近づいてこようとしますがうまく立ち上がれなかったりする。そんな状態でした。
私は病棟巡回当番の日には、彼に歌を歌いかけてみるのですが、やっぱり歌わない事がほとんどで、もう歌声は聞けないのだろうか思っていました。
先日、ホールで車椅子に座り、看護師さんと過ごしている彼を見かけたので、話しかけました。そして例の名古屋の歌を歌いかけてみると、その日は久しぶりに歌ってくれたのです。
そして、彼を長く知るその看護師さんが、彼が知っている歌をいくつか最初のワンフレーズを歌うと、どれも最後まで歌ってくれました。なごりゆき、宇宙戦艦ヤマト。
そこに居たスタッフみんなで手拍子をして一緒に歌いました。そして歌い終えた彼はにっこりと笑いました。
最近ではほとんど表情を見せていなかった彼の、久しぶりの笑顔でした。
そのとき、間違いなく、そこに居合わせたスタッフ全員が幸せを共有したはずです。私も、マスク社会、ワクチンのこと、社会全体が狂ってしまった今、怒りや不安で気分の安定を保つのに苦労することが多いのですが、そのときは心から笑うことができました。
病院、特に認知症病棟では、その人を介護したり世話をすることについ、『してあげる』という一方通行の気持ちになってしまいがちです。
でも彼はただそこに居て歌を歌い、笑っただけで私たちを幸せにしてくれました。
これが認知症病棟の日常です。