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「適当に張った糸」(松竹梅とかけまして…)

皆さん、おはようございます。
ryukoです。

急に心の糸が切れること
皆さんはありませんか?

私は突っ走ってきた半年が
ワクワク楽しい時間と自分との葛藤で
思っていたよりもギリギリだった時が
ありました。

そう…張り詰めた糸なんて
誰も褒めてくれないし
自分でも褒められないものでした!(笑)


        …糸に限らず…

      張り詰めている状態って
      心が切羽詰まっちゃう。
       そういうときって
      全方向に余裕がなーい!
          (;’∀’)

     挙句、正しい判断も出来ず
     その場でジタバタ・グルグル

      行き先もわからぬまま…。
    (バックミュージック:尾崎豊)


     昔、魔王(母)がよく言ってた。

  「松」は、威厳があって強そうに見えるけど
   折れる時の潔さもある。
   だけど私は「竹」でありたい。
   あのしなやかさで雨風にも耐え
   しなりしなりと試練をかわせるような…

   竹を割ったような性格で居たいからね!

         その時は…
       そーなんだねえって
        聞いてたっけな。


    自分が張り詰めた状態だったって
    気が付いた時にふと思い出した。

      潔く折れる「今」ではない。
    始まったばかりの道のりだもんね。

      あー、力を抜くことは
     手を抜くことじゃないんだ…。

     糸だってピンって状態続くと
        切れやすくなる。
    劣化のタイミングを早める理由なんて
      どこにもなかったなあ。
      緩めることだって必要だ。


         ましてや
     張り詰めた人たちが集まると
   あっちの糸もこっちの糸も切れちゃう。
         大事故だ。
   そんなことだって起きる可能性がある。
     結び直しても元には帰らない。
      こぶが出来ちゃうもんね。
          (‘ω’)ノ

     だから、新しい糸を紡ぐ。
    その時は、気持ちを切り替えて
     好きな色の糸を紡いでいこう。

     こぶを受け入れて進むのか
    新しく気持ちを切り替えるのか
       これさえも「自由」

      そんな経験を重ねながら
   「人生の糸」も紡いでいくんだよ
         きっとね。

     
         それと…
     「適当」という言葉がある。
  これについても魔王と話したことがあった。

         例えば…
       「適当にやった」
    ↑ イメージ、怠けてる感が強い

   だけど、いい塩梅(あんばい)でやった
    この解釈が正しいのだろう…と。

      「適当」のグレーゾーン
      自分はどこを選択するのか
      自分で選んでもいいよね。
          ( *´艸`)

        その時の状況で…
     適当の位置って変わるしなあ。
    人と比べることも出来ないしなあ。

    自分らしく…今を受け止めなきゃ
     …自分が可哀想かも…だな。
          (*'ω'*)


 張り詰めた自分に気が付いた時
 魔王の「竹」の話がス~って
 理解出来ました。(笑)

 私もまだまだだな!
 (;^ω^)

 物事の捉え方の角度は
 一つじゃないってことですよね。

 振り返ってみれば…
 魔王…いいこと言ってんじゃんって
 上から目線で思っちゃいました。


  P.S
   ねえ、母さん…「梅」は?
 
  
    …桜よりも早く春を告げる
    いい匂いの可憐な梅…🎵

    そう聞くばい! 

    ヾ(≧▽≦)ノ

 

    (-_-メ)💦

    今、かけただろ?
   「松竹梅」と!!!!

    これも、忘れられない「会話」だな。
    オヤジギャグ…?
    たまに、付いていけない…
    (。´・ω・)

    松竹梅とかけまして
    そう聞くばい…と説きましょう
    そのこころは!
    単なる魔王のオヤジギャグ!

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