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誰がモジヒコを殺したか

「モジヒコは殺した方がいいんじゃないですかね?」連載している漫画の人気が落ち始めて数ヶ月、何度目かの編集会議で担当のムラタはそう言った。モジヒコを?殺す?本気で言っているのか?私は自分の耳を疑った。

最初期からずっと主人公に寄り添ってきたキャラクターだ。明るく無鉄砲で、細かいことは考えずに困難に飛び込んでゆく主人公とは違って、臆病で思慮深く、時にぶつかったり落ち込んだりしながらも決して主人公を見捨てることはしない。モジヒコは主人公以上に作者の私自身を色濃く反映した、物語に欠かせないキャラクターだ。それを殺した方がいいだって?とても信じられなかった。

とは言え何らかのテコ入れが必要なことは重々承知だ。私は担当の話をしっかり聞くことにした。曰く、主人公はモジヒコに頼りすぎている、モジヒコから自立して初めて彼の物語を描けるのではないか、せっかく人気の出そうな新キャラクターを入れてもモジヒコ越しのコミュニケーションになって魅力が描き切れていない、序盤から引っ張ってきた難敵とのバトルはモジヒコを離脱させるには最適なタイミングだ。なるほど聞けば聞くほど、理由としてはもっともだと思わされた。そしてモジヒコを旅から離脱させるのならば、半端なことはせずに死別にするべきだというのは常々私も言ってきたことだった。しかし……私は一旦結論は保留にさせてもらうことにした。

会議を終え、来週分の原稿の作業も終え、私はひとり仕事場に残ってバーボンを飲んでいた。単行本に重版がかかった時に編集長から貰ったお祝いのお酒だ。芳醇な香りが口いっぱいに広がる。いい酒だ。薄暗い仕事場でひとり酔いながら、私はモジヒコをどうすべきかを考えていた。作家としてはおそらく、編集の言う通りモジヒコはここで退場してもらうという選択を取るべきなのだろう。だがモジヒコはここまで私の作品にずっと寄り添っていてくれた仲間であり、作品の中にいる私自身でもある。モジヒコがいなくなったあとに私の物語が一体どうなってしまうのか、私にも想像が出来なかった。わたしにも想像出来ないところに物語が転がっていく、今この作品に必要なのはそういうことだ。それは分かっているんだ。しかし……思考は堂々巡りを繰り返し、私はいつの間にかそのまま仕事机に突っ伏して眠ってしまっていた。

もしこれが私の描く物語ならば、夢枕にモジヒコが現れて、私にありがとうとかさようならとかを告げていくのだろう。ベタではある。しかしそれでいいのだ。私も、読者も求めているのはそういうことなのだ。しかし現実はそうでもない。私はとてもおっぱいの大きな女性とえっちなことをする夢を見た。あんなにも悩んでいたことがどうでもよくなるくらい、清々しいほどに関係なく、馬鹿らしい夢で、私は思わず笑ってしまった。愛すべきモジヒコ。笑って送り出してやろう。私はモジヒコの最期へと繋がるネームを始めることにした。その前に朝食だ。トースターにパンを入れる。パンの焼ける香ばしい匂いが心地よかった。

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うえぽん
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