僕と僕と僕
昨日、仕事の帰りにお腹が痛くなって高田馬場のトイレに駆け込んでズボンを下ろして便座に座って気張っている時に突然、並列世界に存在するもう1人の自分の記憶が見えた。僕は小学校の先生だった。
高校までは今の自分とほぼ変わらない。どうやら僕の人生は高校在学中、そして高校卒業後の進路で大きく分岐するらしい。僕は高校のひとつ下の後輩と付き合っていて、彼女と離れたくないからと上京せずに地元の大学に進学することを選ぶ。せっかく僕は地元に進学したというのに彼女は大阪の大学に進学することになり、僕たちはそこで別れてしまう。僕は真面目に大学に通って卒業して教育免許を取り、地元で小学校の先生になる。本当は高校でやっていた演劇を続けたかった……その想いはクラス行事にぶつけることとなり、僕のクラスの出し物はいつも評判が良かった。教師3年目の時に廊下の電球を替えていた時に脚立から落ちて手首を骨折し、その時に通っていた病院で知り合った2個下の看護婦さんとなんやかんやあって結婚する。息子が産まれるのは31歳の時だ。趣味はゲームと国内旅行と映画。仕事と家事育児の合間を縫っては映画館に行って、映画レビューサイトに感想を投稿するのが日課になっていた。申し分ない幸せな人生。だけど頭の片隅にずっと、東京で演劇を続けたかったという後悔は残っていた。息子は中学生になる。今年観た映画で一番面白かったのは『すずめの戸締り』だった。
そうか、今の自分は並列世界の自分が望んだ可能性でもあるのか……。そんなことを考えながらうんこを出し終え、ウォシュレットのボタンを押す。水流がショブボボボとシリアナから随分離れたところに命中したので腰を前後に動かして調整していると、さらにもう1つの並列世界の自分の記憶が流れ込んできた。それは映画俳優として成功した自分だった。
高校までは今の自分とほぼ変わらない。演劇がやりたくて東京の芸術大学の演劇学科に進学して上京する。とは言え田舎の高校で演劇部にいた程度の子どもに大学の演劇の授業はイマイチよく分からない。そこで中退してしまった先にいるのが今の自分だが、その並列世界の僕は分からないなりに頑張ってきちんと単位を取得し、きっちりと卒業していた。クラスメイトが在学中に立ち上げた劇団に何度か出演させてもらい、卒業後はそいつが立ち上げた芸能プロダクションに所属させてもらうことになる。そりゃ最初はそんなに仕事があるわけでもない。しかし26歳の時にオーディションで合格させてもらった映画が少しヒットして、そこから映画の仕事が少しずつ増えてゆく。30歳の時に出演したドラマでお世話になった美術スタッフさんとなんやかんやあって結婚する。お互い仕事を大事にしたいというのもあって、子どもはまだいない。しかし僕は、『名前は知らないけど何かどっかで観たことある』ぐらいの俳優止まりで伸び悩み、コロナ禍で仕事が激減したのを機に次第に酒を多く飲むようになっていった。あぁ結局学生時代に仲間たちと小さな劇団でバカやっていた頃が一番楽しかったなぁ。だけど今さらそんな所に戻るわけにもいかない。僕は時々回ってくる小さな役を何となくこなす日々に飽き、順調に経験を重ね美術チーフとなってバリバリ働く妻に嫉妬するようになった。直近でやった仕事の中で一番大きなものは、映画『さかなのこ』のチョイ役、水族館職員の役だった。
そう言えば小さい頃、どうして自分は長男なのに龍『二』という名前なのかと父親に聞いたことがある。父は小さな声で、「名前に数字が入っているのは並列世界の別の自分と繋がる鍵なんだ」と言った。「今は分からなくていい。そのうち『気づく』時が来る」と。父の名前も一彦だった。あの時の言葉がようやく腑に落ちた。うんこを流し、トイレの扉を開けた僕はもう昨日までの僕ではなかった。僕と僕と、無限の並列世界に広がる無限の僕たちを背負った僕なのだ。僕は汚い鏡に映った自分の顔を見ながら丁寧に手を洗った。
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