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継続すること
継続すること、は自分の大きな強みなのかもしれないなと、ふと思った。このnoteも1300日続いているし……もあるが、どちらかと言うと人間関係においてもそうだなという所からふと思った気付きである。一度好きになった人のことをずっと好きでい続ける。一度尊敬した人のことはずっと尊敬し続ける。これはおそらく誰にでも出来ることではない。
例えば別れた恋人。別れたあとも基本的に「好き」は継続するし、必要であれば友人関係も継続する。好きであり続けることと友人関係でい続けることは時に矛盾するのかもしれないが、それはそれこれはこれと自分の中で折り合いを付け、一線を引く。これがたぶんちょっとだけ特別なスキルなのだろう。別れた恋人だけではない。恋愛関連で言うなら、元好きだった人、今現在進行形で好きな人、元セフレ、それ以外でも職場を辞めた仕事仲間、友人に酷いことをした友人……普通縁を切っておしまいだろみたいな人とも、割とそのまま継続して付き合っていたりする。
ではどうやってこれが実現出来ているのだろう?思いつくままに羅列してみよう。元々人間関係においてドライな面があること、自分を騙す自己欺瞞の能力に秀でていること、異なる事象を混同せずに分割して考えられること、しがらみを気にしない鈍感さ、俺がそれを継続したいんだからいいじゃんという傍若無人さ、継続をやめることはダサいと思っている変な美意識、付き合いを続けていれば何か得することがあるかもしれないという打算、どんな相手であっても嫌われたくないという臆病さ……と言ったところだろうか。こうして並べてみると、どちらかというとネガティブだとされるような性質によってこれが成立しているのは興味深い。
対人関係を継続出来るということは、博愛精神の賜物だと言えるかもしれない。しかし逆に考えるとそれは、愛情なんかなくてもメリットさえあれば深い関係性を続けられるという非情さでもあるように思う。メリットを享受するためなら、デメリットを被らないためなら、当たり障りのない関係性を継続出来る、深い関係性を維持することが出来る……これは政治に似ているようにも思う。良識や倫理に反するようなことも平気で出来るメンタルも含めて、もしかしたら自分は政治家に向いているのかもしれない。
継続する才能について考えていたらいつの間にか政治家に行き着いてしまった。しかしこれは必ずしも関係性を継続する才能なわけではないのがまた面白い。僕が継続するのに秀でているのはあくまで自分の感情においてであり、関係性を継続、維持するのに必要なのはまたちょっと別なのだ。そう考えると勝手にずっと好きではいるけれど、付き合うとなると長続きしなかったりするんだよなぁ……って完全にダメなやつじゃん。こんなやつは政治家にしちゃダメだ。いや別に政治家にはなりませんけど、こうやって自分を分析するのは面白いものですね。他人からはまた全然違うふうに見えてるんだろうなー。
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