嘘八百噺
むかしむかし、ある村になんの取り柄もない男がおりました。男は生まれつき脚が悪く、野良仕事にも狩りにも出られずに村のお荷物になっていました。しかし男には、お話を作る才能がありました。
まだ紙もペンもない昔のことです。男は自分の考えたお話を村の人たちに話して聞かせました。最初は適当に聞き流していた村人たちも次第に男のする作り話を楽しみにするようになり、男の話を聞くために農作物や肉や酒を持ってくるようになりました。
男はある日、また新しい作り話を思いつきました。それは『嘘八百』という言葉にちなんだ作り話でした。俺はこれまでみんなにたくさんの作り話を話して聞かせてきた。作り話というのは言い換えるならば全部嘘の話だ。みんな知っての通り、嘘をつくというのは良くないことだ。『嘘八百』という言葉がある。あれは八百の嘘をついた者には神様から天罰が下るということなんだ。実はみんなに話してきた俺の嘘はもうすぐ八百になる。きっともうじき俺には天罰が下ってしまうことだろう……男は真に迫った口調で村人たちに語り聞かせ、村人たちは男の話を信じて嘆き悲しみました。うんうん今回の話も村の皆の心に響いたぞと満足しつつ、男は村人を騙してしまった気がして少し心が痛みました。
男の家から火が出たのはそれからしばらくしてのことでした。ちょうど家族が町へ出て留守にしていた間のことで、脚が悪かった男は火事から逃げ出すことが出来ずにそのまま死んでしまいました。どうやら深酒をして眠ってしまった男の、煙草の火の不始末が原因で起きた火事でした。『嘘八百』の話を聞いていた村人たちは、本当に天罰が下ったのだと震えました。それ以来、村人たちは皆嘘をつかずに正直に生きることをよしとするようになりました。
男が亡くなった後も、男の遺した八百の作り話は村人たちの間で語り継がれてゆきました。『嘘八百』の話には男が火事で亡くなってしまった後日談が付け加えられ、嘘から出たまこととはこのことだと、皆の嘘を諌める寓話として長く語り継がれたのだということです。