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【長編連載小説】絶望のキッズ携帯 第25話 ハンバーグ
俺たちはケーキやプリンなどを見にデパートに立ち寄った。パフェの後に食べれるものではないはずだが、ショーケースの前でガキがハンマーを取り出しそうな勢いになっている。買わなければ割られるのは俺の脳天だ。好きなだけ買えばいい。この旅行の主役はお前だ。
たくさんの紙袋を両手に下げた俺と嫁は、ランチをどうするか話し合うことにした。とりあえず好きな食べ物と嫌いな食べ物をガキに聞くところから始めよう。ガキは好きな食べ物が寿司で、嫌いな食べ物がハンバーグだと答えた。ハンバーグ。子供なら野生を取り戻す食べ物ではないだろうか。俺は今回本当の野生を知った。准教授ジャイアン、スネ夫GD、そしてananズ。奴らが生息している場所がサバンナだと思って生きてきた。しかし現実は違った。あんなところは所詮サファリパークだ。准教授ジャイアンなんて牙のないハイエナでしかない。その点、目の前にいるこの男は違う。刺せる男。さすがの俺でもチビっちまう。しかしそんな百獣の王がハンバーグに興味がないとはどういうことだろうか。挽肉という染みったれた小細工が気に入らないのかもしれない。確かにこの男には直球以外通じない。そんな四番打者に嫁が問いかける。
「もしかして、ハンバーグに卵もパン粉も牛乳も入ってないの?」
ガキがうなずくと、嫁はガキに微笑みかけ、ランチはハンバーグにしようと提案した。難色を示すガキを無視して、俺に店を決めるよう促す。長崎らしい場所。出島ワーフ。港の横にあるテラスでハンバーグを出すレストランがある。観光も兼ねて連れて行くことにしよう。
ガキは海辺のテラス席というシチュエーションだけで満足しているようだが、俺たちがガキにハンバーグセットを頼むと顔色が変わった。ネガティブな表情が露わになる。それを尻目に嫁が笑いかけている。俺はトルコライスを注文した。豚カツとパスタとピラフが一皿に盛り付けてあるお子様ライスだ。別にとち狂ってお子様ライスを注文した訳ではない。このお子様ライスも長崎名物で、俺はどちらかと言えばカレーと太麺皿うどんとトルコライスがあれば生きていけるタチなのだ。ハードボイルドにもお休みが必要だと言えば納得していただけるだろう。殺し屋だって眠る。そんなところだ。
ガキのところにハンバーグが運ばれてきた。嫁が先に食べるよう促す。ガキはせっかく長崎まで来たのにと言わんばかりに浮かない表情でナイフをハンバーグを切り始めた。このガキにも好みがあったのか。食べ物を見ると野獣になる、昔の自分が女に夢中だった頃と同じ生き物だと思っていた。そういえば俺も美人しか相手にしないロバートデニーロだ。俺が回想しているとガキがハンバーグを口に運んだ。そして、開眼した。嫁が優しく声をかける。
「牛乳で作ったハンバーグはどう?」
ガキの回答は言葉で表現されなかった。抜き身の日本刀。滅多斬り。ハンバーグが次々に切り刻まれていく。令和にこれほどの人斬りが生きていようとは。俺はトルコライスを眺めた。手元にハンバーグがない。次のミンチはきっと俺だ。豚カツで許してくれるほど、新撰組は甘くない。
しかしガキの手が止まった。人を斬る罪の重さに気付いたのだろう。そう思いガキを見ると青い顔をしていた。
「どうした?」
何も答えず震え始めた。そういえばこいつの弟はアレルギー。遺伝しててもおかしくない。アナフィラキシーなんて起こったら一大事だ。
「おい!クソガキ!何か言え!」
震えるガキの肩に手を回し、何度も呼びかけた。しかし一向に何も言わない。俺は所詮歯医者だ。大層なことに対処できない。そう思っているとガキが口を開いた。
zozoタウンで3本買ったグラミチのパンツの内、1本が人斬りによって殺られた。こいつの口から噴射された吐瀉物、さっきまでパフェとバーグだったものが俺の両太ももに吹きかけられたのだ。ガキは何度も餌付いている。俺は肩に回した手を背中に運び、撫で続けた。このクソガキはグラミチに吐きし続けている。どうやら食べすぎたらしい。胃のなかが空になった頃に、泣きながら謝り始めた。俺は水を頼み、ガキの手に渡した。
「夜は寿司だ。長崎の魚は神戸の魚とまた違うから、嫌になるまで食え」
ガキの頭に手を乗せると、ガキはまた涙を流し始めた。寿司なんかで泣くなんて、侍らしくない。また長崎に来たら吐くまで食わせてやる。このガキは明日帰るのか。どうやって俺は自分から目を背けようか。