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【小説】KIZUNAWA⑳        吉本ノートが伝えたかった事

 月曜日の放課後だった。
「西之園に頼みがある」
突然言い出したのは優生であった。
「なあに?」
「疲れているとは思うけれど居残り練習に付き合ってもらいたい」
「居残り練習?」
「襷リレーの練習がしたいんだ。俺、どうしても不安で」
「分かった。僕も自信がなかったからお願いします」
事実、達也と太陽も不安であった。
 達也たちは、ロード練習終了後に学校へ戻った。照明灯の下で優生たちは、まだ走っていた。達也の姿を見つけた優生が駆け寄って来た。
「悪いな! 西之園は走らなくても良いから」
優生はトラックのセンターに立ってから言った。
「襷を受ける時はテザーを離しておかないと、達ちゃんは受けた襷を胸に掛けられないよな?」
太陽が素朴な疑問を投げ掛けた。
「テザーを右手で丸めて持ち、左手で襷を受け取り胸に掛けたら、太陽がテザーを掴む方法しかないと思う」
茉梨子が提案した。しかし、そう簡単には行かない。優生が達也の左手に合わせて渡そうとしても、達也の左手が上手く握れないのである。四人はグラントに座りこんだ。
「達ちゃんが距離感をイメージ出来ないのが原因だと思う」
太陽が言った。
「どうすればイメージ出来るのかな」
優生は下を向いてしまった。
「声、優生が声を出して距離感を伝えられないかしら?」
茉梨子に妙案が浮かんだ。
「そうか一〇〇メートル手前から声を出して、ラストの一〇〇を二〇秒で走る様にすれば、達ちゃんが距離感を掴めるかもしれない」
太陽が立ち上がった。
「やって見よう」
優生も立ち上がる。その頃には練習を終えた駅伝部員が集まって来た。更に、陸上部を初め野球部、サッカー部やラグビー部、体育館を出て来たバレーボール部と集まり襷リレーの練習はミニイベントになっていた。
「一〇〇を二〇秒で走るんだぞ! お前のラップは一五秒だから少しゆっくり調整しろよ」
岡田先輩が叱咤した。
「二、三回練習走りした方が良いんじゃないか」
野球部から声が出た。優生は緊張しながら走り出す。茉梨子がストップウォッチを見ながら声で秒を知らせる。
「優生! 二〇〇から走れ! 最初の一〇〇のラップを一五秒、残りの一〇〇のラップを二〇秒で走る様にしろ」
岡田先輩が提案した。そして、一〇〇メートルの地点に立ち「ここが中間地点!」と叫んだ。その調整ランが何度か繰り返されてラップの調整は完了した。
 達也は必死にイメージを作っていた。合図と同時に優生が走り出したのを確認する。
「今スタート」
太陽が達也に伝える。達也が頷いて優生が中間地点を通過すると同時に「アー」と叫んだ。
「一〇秒!」
太陽の言葉に加えて「アー」という優生の声が近づいて来る。優生が達也たちから五メートルまでになった時
「ゴー」
突然達也が叫び、走り出した。優生は広げた達也の左手に襷を渡した。
「あぁあっー」
ギャラリーから落胆の声が飛び出し、襷は無情にも空中を舞い、そして大地に落ちた。
「駄目か!」
茉梨子の嘆きが聞こえた。
「西之園、左手を上げ過ぎなんだ! 昔のリレーだよ、リレーのバトンを受け取る様に左手を出して走り出せば良いのではないかな?」
陸上部員から提案が出された。
「こんな感じかな?」
達也は前方を向いたまま左手をお尻の辺りに構えて見せた。
「そう、そう、斎藤は襷を押し付ける様に重みを西之園に感じさせてあげないと伝わらないと思うよ」
別の陸上部員が付け加えた。
「こうかな?」
優生は達也の左手に襷を押し付ける。
「斎藤君、良く分かるよ。襷が左手に入った感じが良く分かる」
達也が飛び跳ねた。
「もう一度やって見よう」
岡田先輩の一言で再度優生は二〇〇メートル手前から走り出した。
「今スタート」
太陽が達也に伝える。達也が頷いて優生が中間地点を通過すると同時に「アー」と叫んだ。
「一〇秒!」
太陽の言葉に加えて「アー」という優生の声が近づいて来る。先の時と一緒だ。「ゴー」
達也が走り出す。前回と違うのは、達也の左手がお尻の位置にある事である。
 
 襷は繋がった。
 
走りながら達也が襷を胸に掛けて、右腕を横に伸ばすとテザーを垂らす。太陽がテザーを掴み一〇センチまで縮めてリレーは完了だ。二人は一つになった。ギャラリーから称賛の拍手が三人に送られていた。
「太陽、テザーのストッパーは最初から一〇センチに固定しておこう、伸ばす時はストッパーをそのままにして太陽が手動で調整する様にして、その方がアクシデントに対応しやすいと思うわ」
「ストッパーが一〇センチより短くなることはないのだけれど、動いちゃうんだよ」
「後で貸して、糸で縫っておくわ」
 
 その風景を校長と宮島はグラウンドが見渡せる高台から見ていた。教師のアドバイスもなく、生徒たちだけで知恵を出し合い、称賛の拍手を送り合える自校の子どもたちを誇りに思っていた。
「吉本ノートが私たちに伝えたかったのは、こういう事なのですね」
宮島が呟いた。
「部活の垣根を越えて、助け合える環境が自然と出来上がっています。西之園君と言う障がい者が、必死に前に進もうとする姿に、周りの子どもが心を動かされ、いつの間にか大きな輪になっている。水辺に一石を投じた時に拡がる波紋の様に……」
校長は嬉しそうに言った。
                              つづく

次回いよいよ京都へ!

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