ロシアのテロ事件の背景とは?
複雑すぎるロシアの国内事情
3月24日、ロシアの首都モスクワの郊外にあるコンサート会場「クロッカス・シティ・ホール」が武装集団に襲撃されるという事件が起きた。
この事件では既に多くの可能性が指摘されており、ISISも犯行声明を出しているが、2014年前後より数年間シリアとイラクのISISの動向をウォッチした経験と、現在のウクライナとロシアの戦争の状況を踏まえつつ、いくつかの点を指摘する。
ソ連が崩壊して後、エリツィン初代ロシア連邦大統領に移行したが、それ自体は非常に脆弱な体制であって、まだまだ、ソ連時代の共産党勢力が残っていた。現在のプーチン大統領はその典型とも言える存在で、諜報機関を利用してエリツィンの首根っこを抑えておき、自らの悲願であった権力者の座に上り詰めると共に、自らのアイデンティティ、拠り所であったソヴィエト連邦時代のロシア連邦を作り上げることを目的にしてきた。
プーチンは諜報機関KGBの出身で、政治とは諜報機関が裏で操るものであるという信念が植え付けられていると共に、共産主義体制下におけるエリート集団が国会を運営するものであると信じ込んでいる。実際、プーチンが大統領に就任して以後、ヒトラーの選民思想のようなロシアを作り上げようとしてきた。
ロシアはヨーロッパに隣接する地域から中央アジア、極東アジアに至る広大な国土を有しているが、その中には多種多様な文化と人種が混交している。その中で、イスラム教の影響を強く受けたチェチェン地方の人々が、ロシア連邦からの独立を目指していることは周知の事実で、その中にあって、ロシアの西方を中心にした東スラヴ系民族、いわゆる白人に近い人種がより強いエリート意識を以てロシア連邦を支配している。当然だがプーチンもその一人だ。
東スラヴ系の人々はロシア正教会に属するキリスト教徒が大半で、ソヴィエト連邦時代の宗教弾圧を乗り越え、多くの人が帰依している。ロシアが内包するイスラム教の歴史は古く。ヴォルガ・ブルガールという10世紀に建国されたイスラム教国にまでその歴史は遡ることが出来、現在の黒海周辺のイスラム教圏の小国に点在していった。日本人には耳慣れないチェチェン共和国、イングーシ共和国、カバルダ・バルカル共和国、カラチャイ・チェルケス共和国、バシコルトスタン共和国、アディゲ共和国、タタールスタン共和国といった国々に分散して中東諸国の影響を受けたタタール人やその他の民族によってイスラム教圏が形成されている。
これらの国々は、常に中東の国々から影響を受けており、ソ連時代から続く独立を目指す火種を抱えている。その代表がチェチェン共和国ということになる。仮に、チェチェン共和国が独立を果たせば、これら小国も一気に独立に向けて動き出すことになるだろう。
ロシアがソ連から移行した当時も、これらの国々を支配下においている理由は、アメリカの影響が強い中東諸国との防護壁になると考えていたのと、ソ連時代の統治の影響が残っていたからだ。当然だが、これらの国々が率先して独立運動を起こすような力は無い。
このようにロシアはソ連時代から、実に複雑な国内事情を内包している。プーチンは率直に行って、これらの小国は権力で抑圧していればいいと考えている。プーチンにとってのロシアとは彼が理想とするソヴィエト連邦時代のサンクトペテルブルクでありモスクワなのだ。彼にとってそれ以外のロシア連邦の小国や他民族はどうでも良い存在でしかない。だから、ウクライナ侵攻で兵士が足りなくなると、それら小国や刑務所の囚人をリクルートして戦地に送り込む。プーチンは極度のエリート志向なので彼にとって大事なのはロシア連邦正規軍のみだ。それ以外は消耗戦における弾除け以上の意味はない。
では、今回のコンサート会場襲撃を行ったテロ犯は、ロシア連邦内のイスラム教徒だろうか?
2012年に本格化したロシアのシリアへの軍事介入は、シリアのアサド政権が国連の非難決議を採択されたことに始まる。この時、シリア国内の反政府組織への軍事支援を行なったのがカタールとサウジアラビアだった。それをきっかけに2016年、本格的なシリア反政府組織に対して無差別爆撃が始まった。ただし、実態はシリアの反政府組織への爆撃と言いながら、多くはシリア国民を標的にしたロシア兵器の実験場と言えるものだった。
イスラム教徒は火薬庫
別の見方を考えてみると、ロシアのシリア内戦介入に関しては、現在のイスラエルによるガザ地区攻撃とは様相が少し違う。勿論、シリア政府に言わせれば、どこが違うのか?と言いたいだろうが、ロシアがシリアに対して軍事介入する理由は見当たらない。確かに中東内の紛争において、ロシアはそれ以前からアサド政権を支持してはきたが、シリア政府と反政府組織はまさに中東諸国の代理戦争の様相になっており、ロシアがシリアを支援したとしても得るものは無いように思える。
中東におけるイスラム教徒同士の勢力争いに加え、カタールやサウジアラビアと言った湾岸諸国とイランとの軋轢が、シリア内戦によって代理戦争になっている実情に対して、アメリカは距離を置きたい姿勢を見せていた。事実、オバマ大統領はシリア問題への介入には慎重姿勢であった。
しかし、アメリカがシリア政府軍を攻撃するきっかけは、ロシア軍による化学兵器使用であったと言われている。加えてアメリカが多国籍軍を組織して掃討作戦を行なったのが、ISIS(ダーイッシュ:イスラム国)の台頭であった。
シリアの内戦に加え、2009年にイラクに駐留していたアメリカ軍が撤退を開始したことで、古くはオスマン帝国まで遡るイスラム教国の復興を掲げたISISは、同じイスラム同胞でありながら宗派が違うという理由で、またキリスト教徒も異教徒であるという理由で無差別殺戮を繰り返し、イラク国内に新しい国家を樹立したと宣言した。そして、その勢力を拡大していった。金銭的には、スンナ派の中東諸国からの支援と、イラク国内の原油採掘場を強奪して原油をブラックマーケットで売り捌いたり、欧米諸国の人たちを拉致して身代金を要求するというビジネスを行ってきた。
これには、欧米諸国、特にイラクから撤退したアメリカ軍が怒り心頭で、だから多国籍軍でのISIS掃討作戦が開始されることになった。
実はこの作戦自体にロシアは参加していなかったのだが、水面下に潜った旧ISIS勢力は、アフリカ、アジアでテロ組織としての力を蓄えつつ、再興の機会を窺っていた。
その手始めとして、イスラム教の影響を受けている小国を圧政で支配下に置いているプーチン政権に打撃を与えるべく、テロ行為に至ったものと思われる。
そして、ISISは自分たちの戦闘員ではなく、トルコや中央アジアのイスラム教国から実行犯をリクルートし、攻撃させたと言われている。
元々、中心的な組織を持たないイスラム国は、各国で自分はイスラム国だと表明した者の雑多な集団であって、それだけにイスラム国全体の動きを把握することは困難を極めているのだが、ともあれ、今回のテロ行為に対して、軍事の専門家の多くが早くからイスラム国がテロ攻撃専門で訓練した兵士とは言えないと指摘していた。
装備も比較的少なめで、計画的というより、大勢が集まるコンサート会場があるので、スケジュールを見て半ば突発的に攻撃を仕掛けたという印象がある。
むしろ重要なのは、先述したように、ロシアは国内にイスラム教国との軋轢が存在しているという点だ。これらは、偶発的、突発的なテロ行為であったとしても、チェチェン紛争を経験しているロシアにとって、これら中央アジアの小国がロシア政府に対して抵抗運動を起こす素地があると露見してしまったことだろう。また、仮にそれら小国の中にいる比較的過激な行動を厭わないメンバーがイスラム国のような過激で暴力的な集団の影響を受ければ、あるいはロシア連邦内の紛争に発展しかねない。
万が一、ロシア政府が現在の中国のように、イスラム教徒を排斥したり今以上に厳しい統制を敷くような事態になれば、プーチン排除を目指して行動を起こす連中も出てくるだろう。そうなると、シリア内戦時にはイランとロシアがシリアを支援したが、イランとてイスラム教国であり、中央アジアのイスラム教国と繋がりがあり、ロシア内戦へと支援する可能性は十分にある。
イスラム教徒はシーア派、スンナ派(スンニ派)や他にも多数の宗派に分かれていて、それら宗派の違いが、中東諸国でのパワーバランスに反映されている。と同時に、中東諸国以外にも中央アジア、東南アジアの各国にも影響を与えている。アジア圏におけるイスラム教国は安定していると思われがちだが、それは宗派がまとまっているからであって、実際には、小競り合いは続いている。
ロシアの場合は、以前から続いている中央アジアのイスラム教国の独立問題があるが、欧米では移民政策でイスラム教徒とキリスト教徒の分断が起き始めている。
私は何度も何度も指摘しているが、欧米の移民問題の最大の要因は、自称リベラルの意識高い系理想主義者どもが、欧州の政策を人権だの差別撤廃だのに振り切った結果、当初から移民受け入れを解放すると大変な事態に発展するよと予想された通りの事態が起きている。今や、イスラム教徒は欧米諸国を自分たちの国だと公言した憚らない。むしろイスラム国はその潮流に便乗していると言えるだろう。
イスラム教徒の最大の問題は、思想が過激化し原理主義化すると、もれなく排斥運動が始まることだ。世界中にはいろんな神様がいて、神様同士も仲良くすればいいと思うのだが、ことイスラム教に限れば、異教徒、異端児として他宗教を廃絶したがる。唯一絶対神はアッラー以外いないらしい。他宗教を信仰していると地獄に落ちるという考え方は日本の創価学会と同じだ。もし、日本が創価学会を国教としている地獄社会になっていたとしたなら、イスラム教原理主義者は日本国民を異教徒として排斥する目的でテロを仕掛けてくるだろう。
創価学会がカルト宗教で、本当に良かった。創価学会は気持ち悪い存在だと日本国民の多くに認識されていて良かったと感じる。
つまり、中東のイスラム教が関わる各種の紛争問題と、ロシア国内の紛争問題は、複雑に絡み合った状態が現在であり、少なくともロシアという巨大な国家の統治にプーチンのような専制主義者が人間がいると、国内の紛争は終わることはないであろう。繰り返すがプーチンの国家統治の原則はKGB、諜報機関なのだ。そしてその機関に就く人間こそエリートでなければならないという観念だ。これは冗談でもなんでもなく、プーチンは本気で信じているし、その前提でロシアの歴史観を見ている。だから、ウクライナに攻め込むことは正しいことだと、本気で信じているのだ。
そのような専制主義の国で、複数の宗教が共存することなどあり得ないし、中東問題に口を出してきたロシアに対して、イスラム教過激派が恨みを抱くのは、必然と言えば必然だろう。
むしろイスラム教徒とはそのような人種であって、今回のモスクワの事件が別の形で引き金にならないか、そちらの方が問題だろう。