【小説】方丈貴恵『アミュレット・ホテル』
【感想】
タイムリープを題材に書いた特殊設定ミステリで鮎川哲也賞を射止め、以降も《竜泉家の一族シリーズ》と題し、特殊設定物を書き続けてきた著者。
昨年発表した『名探偵に甘美なる死を』が本ミス4位と大健闘。
個人的にはその前作に当たる『孤島の来訪者』の方が本格ミステリとしては優れていると思う。
前者はVR空間、後者は未知の生物を扱ったミステリで、いずれも特殊設定を活かしたトリック、ロジックが持ち味の作風。
本作はSF的な要素は廃されてはいるものの、犯罪者の楽園とも呼ばれる悪徳ホテルが舞台となっており、登場人物全員が悪人というとんでもない設定。
それ故、起こる事件はシンプルであっても、事件の構図は、人を人と思わないような異形のものとなる。
これも一種の異世界本格と言っても良いような気がする。
この設定を気にいるか否かで評価はガラリと変わってしまうだろう。
要するに、捻じ曲がった犯罪者心理を”面白い”と取るか”ありえない”と取るか。
僕は倒錯したロジックなりトリックなりが大好きな人間なので割と楽しめた。
あとは、根っからの本格ミステリ好きでないと厳しいかもしれない。
設定こそ奇抜ではあるものの、殆どの短編で、事件が起こり、実況見分し、聞き込みを行い、推理するという古き良きミステリの展開をなぞる為、それを退屈に感じてしまう人もいると思う。
それ故、エンタメ性も重視されるこのミスでは上位ランクインは難しいかも。
本ミスであればワンチャンかな。
各短編の短評は以下に。
『アミュレット・ホテル』
表題作にして個人的ベスト。
密室殺人が起こるが、トリック自体は早々に解明されてしまうし、密室を作る理由についてもそこまで意外性のある物ではない。
しかし、あまりにも邪悪な事件の構図が素晴らしい。
この設定でなくては成立しない、視覚的にも楽しいやつ。
『クライム・オブ・ザ・イヤーの殺人』
毒殺テーマの一編。
真相自体に大した面白みはないけど、前の短編を踏み台にして意外な犯人を演出してみせたのは巧い。
本格者でないと思いつかない騙し方。
『一見さんお断り』
視点人物がホテル内部の者から、外部の人間へと変わり、序盤からスリリングな展開が続くため、各短編の中で一番リーダビリティが高い。
事件自体も派手さはないものの、各所に配置された伏線を回収しつつ、堅実なロジックが味わえる。
『タイタンの殺人』
ラストを飾るのは100ページ超の中編。
気合いが入っているのは伝わってくるのだが、個人的にはこれがいちばん微妙な出来。
いろいろと要素を詰め込みすぎたせいで、それぞれが薄味になってしまい、結果散漫的な印象を抱いてしまう。
消失した凶器に関するロジックは、意外なところから伏線が湧いて出てきて驚いたけどね。