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【小説】伊吹亜門『焔と雪 京都探偵物語』

大正の京都。伯爵の血筋でありながら一族に忌み嫌われる露木の病弱な体は、日々蝕まれていた。だが祇園祭の宵山も盛りの頃、露木は鯉城に出逢う。頑強な肉体の彼が、外の世界を教えてくれたから、心が救われた。その時から、露木は鯉城のために謎を解く。それが生きる証…… ある日、鯉城は女から恋人のふりをしてほしいとの依頼を受けるが、恋に取り憑かれた相手の男が月夜に女の家に付け火をし、自らに火をつけて焼死したと聞く。男は猟銃を所持していたが、なぜ苦しい死を選んだ? この事態に悩む鯉城のため、露木はあまりに不可思議な男の死の理由を推理する。 その他「鹿ヶ谷の別荘に響く叫び声の怪」や「西陣の老舗織元で起こる男女の愛憎劇の行方」など、京都に潜む愛と欲の情念はさらに渦巻き、鯉城と露木の二人は意外な結末に直面する。

【感想】

デビュー作『刀と傘』を本棚に眠らせたまま、本作を先に読むことになってしまった。

今年は新刊を頑張って読もうと決めたはいいけど、やっぱり既刊1冊くらいは読んだ状態で臨みたいね。

といわけで初読の作家なわけだけど、ホワイダニットが印象的な作風だと風の噂で聞いていた。

確かミステリーズ新人賞を射止めた短編でも”なぜ死刑囚は殺されなければならなかったのか?”というホワイダニットを扱っていたはず。

本作のあらすじに於いても”なぜ被害者はわざわざ苦しい死に方を選んだのか?”という魅力的な謎が提示されてる。

そんな”なぜ?”を愉しめる短編集なのだと思って読んでみたのだけど、少しばかり想像と違ったものになっていた。

収録されている短編はどれも真相に面白味があまり感じられない。

少しプロット上のネタバレを含んでしまうが、個々の短編は一度、4話目でひっくり返される。
しかし、そこも予想の範疇。

というのも帯に『男と女、愛と欲、正と邪ーー』という惹句があり、これを念頭に置いて読んでみると、一度示された解決では不十分なんだろうなというメタ的な憶測が立てられてしまう。

けど、全5話の短編集の中で4話で”ひっくり返し”をしたことにより、最終話でのラストを引き立たせる構成は心憎い。

多分好きな人は好きなんだろうね、こういうの。

正直僕は、昨今流行りの”探偵の苦悩”だとか”探偵の在り方”みたいな要素を含んだミステリには辟易としている。
心からどうでもいいとすら思ってしまっている。

けど、これを描きたかったのであれば、このプロットは素晴らしい選択だったと思う。

ミステリとしては少々弱いように感じるが、キャラ物の時代ミステリとして読めば割と愉しめる一冊ではなかろうか。

各短編の短評は以下に。

「うわん」
伏線となる部分の描写が浮いているので、あとはどう調理されるかを楽しみながら読んだ。
トリック自体は脱力物ではあるけど、ラストで仄めかされる真相には背筋が凍る。

「火中の蓮華」
上でも触れたホワイダニットが魅力的な一編。
しかし、魅力的なのは謎だけで、真相に面白味か感じられなかった。
雰囲気だけは連城三紀彦っぽい。

「西陣の暗い夜」
他の短編に比べて入り組んだ事件の構図をしているだけであって楽しく読めた。
第ニの解決に於いて、第一の解決の否定材料となるロジックは分かり易すぎるきらいはあるけど、その分真相には凄みがある。
個人的ベストはこの短編。

「いとしい人へ」
作中唯一、過去の話を扱った短編であり、連作短編集としての仕掛けも炸裂する一編。
過去の事件は顔を潰された死体が出てきた時点で「あっ…」とはなってしまうが、よく練られていると思う。
連作としての仕掛けは、一部機能していないものもあるけど、反転させるという意味では「火中の蓮華」と相性が良いのかもしれない。

「青空の行方」
4話目で探偵役の属性が顕になってからの一編。
自分の足で歩かんとする主人公の姿には心を動かされる。
事件の真相は、細やかな伏線を糧に驚きは然程でもないけど、深く納得はさせてくれる。

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