ボサノバおじさん(音楽家の知り合いシリーズ6)
そのおじさんは、若者が多く出演するライブハウスの中にあっては、確実にそぐわない年齢だった。60を超えていたと思う。別にライブハウス出演に年齢制限はないけれど。
やっている音楽も、ボサノバの弾き語りを基調としたもので、周りとはずいぶん違っていた。下手ではないけれど、流暢ではなく、歌もギターが弾けているのを確認してから載せてゆくような、たどたどしさがあった。
けれど、その他大勢の「ゆず」のコピーのような人たちより、新鮮だったし、音楽的な説得力は十分ではないけれど、歯が浮くような歌詞ばかり歌っている人よりはよほど実感のこもった歌を歌っていた。
楽屋でのトークというのは、不思議と覚えていないものだが(社交辞令が多いからかな)、このおじさんとの話でよく覚えているのがある。二人ともクラシック音楽が好きで、 #トリスタンとイゾルデ の話で少し盛り上がったのだ。
すると、おじさんはギターを弾きながら突然「あ! #トリスタン和音 が分かったよ!」と、ギターで自分で探し当てたトリスタン和音を嬉々として何度も弾いていた。せめて「ア・ハード・デイズ・ナイト」のイントロを弾いて喜んでほしいものだけれど。
いまも、トリスタンなボサノバでシャバダバしていてほしいものである。