君だけがいない部屋
僕が初めて部屋を借りたのは社会人になってから4ヶ月がすぎた頃のこと。森小路という大阪の中でもかなりローカルな街に僕は住むことにした。
森小路に住んだ理由は、友人からの紹介で、家賃の割に部屋が広いということが決め手。駅から徒歩1分という好立地という条件も魅力的だった。
僕の地元の友人はほとんど大学に通っていなかったから、実家から出ている友人がほとんど。僕が大学生をしていた時に友人はすでに社会に出ているということを考えると、少しの焦りと戸惑いを感じることもあった。
でも実家を出た本当の理由は、家にこれ以上迷惑を掛けられなかったから。社会人になり、自分の生活は自分の手で守らないければならないという気持ちを持っていた。だから、社会人になって4ヶ月たった頃に、僕は22年間住んだ実家を出た。
駅から徒歩1分の駅近マンション。家のすぐ近くにあるスーパー。ご飯を作るのがめんどくさくなった日は、よく惣菜にお世話になっていたことを、ふと思い出す。そういえば週3ぐらいはスーパーの惣菜にお世話になっていたっけな。自炊なんてほとんどしてないや。
朝の5時頃に始発の電車が僕のことを叩き起こす。部屋の窓から見える電車の線路。電車が通過するたびに揺れる窓と襲いかかる騒音。騒音が不快すぎて、電車が来るたびに、駅近マンションに住んだことを後悔していた。
電車の音が不快すぎて、最初の1ヶ月間は始発の時間に起きる毎日。でも電車の音に慣れるのも時間の問題。慣れてしまえばこっちのもので、朝の始発の電車に起こされることも、テレビの音声をかき消されることも気にならなくなった。
初めての一人暮らし。檻から放たれた動物のような感覚。なにをするのも全て自分のタイミングだったから、自由を手に入れたという感覚だった。
1Kの部屋はとても古びれていたけど、新居での生活はとても新鮮。なにもかもが初めてで、非日常を味わうことができていた。
料理に洗濯、掃除に洗い物など全て自分でやるようになって、親のありがたさを知る。当たり前にしていてくれていたことがありがたいと感じるようになったのは、自分で全てをやるようになってからのことだった。
深夜にパジャマでコンビニ行って、アイスを買っても誰にも怒られない生活。全てが自分次第で、人生の舵取りに成功したそんな気分。でも家事をやる必要があって、溜まりに溜まる洗濯物を見ることも嫌になったこともあった。
一人暮らしを始めて1年。僕は住んでいたマンションを出ることにした。家の前で猫を拾い、ペット可の物件に引っ越さなければならなくなったからだ。
そして、僕と彼女と猫の3人の生活が始まった。順風満帆に思えた生活。最初は楽しかった。でも最終的に僕は彼女と猫との別れを選んだ。
もう僕の元に彼女も猫もいない。僕から別れを選んだから、彼女の行く末を祈る権利は僕にはない。なにをしているのかも別の男ができたのかもなんにも知らない。そいつを知る権利はもう僕にはないからね。
いやもういっそのこと君のことなんてなにも知らなくてもいい。知らない別の誰かとお幸せになっていてくれればそれでいい。
君だけがいない部屋。
あの日あの場所での思い出よ、永遠にさようなら。