夏、花火
「花火が見たい」という口実でデートに君を誘う。
夏の醍醐味といえば、夏祭りと花火。浴衣姿を見るのも良いね。
浴衣に慣れない下駄を履いた君が、笑顔でそっと僕に手を振る。
君の浴衣姿に見惚れて、手を振ることを忘れてしまっていた僕。無視されたのかと勘違いして、ほっぺを膨らませながら怒る君に、手を合わせて「ごめん」と謝る僕。
大きな声で呼びかけをする屋台のおじちゃん。フライドポテトの取り放題に全力になる親子。酒を片手に陽気に笑い合うサラリーマン。僕たちは夏祭りを全力で味わっていた。
屋台を楽しむ君。それを微笑みながら見る僕。君が楽しむ姿は愛おしかった。
金魚すくいをしながら、まるで名人かのように次々と金魚をすくう君。しょっぱなから網を破ってしまった僕。まるで掌で僕を転がす君と君の掌で踊る僕みたいだった。
ちなみに僕は人混みが苦手だ。できるだけ人混みを避けて生きてきた。
でも君と一緒にいれるなら、人混みでもなんでも気にせず過ごすことができる。
君は僕の苦手なものをいとも簡単に素敵なものに変えてしまうから、いつだって僕の原動力だった。
「君」という存在に僕は惹かれている。ねえ気づいてるかい?
ちなみに君を好きになったきっかけはよく覚えていない。最近目がよく合うようになり、徐々に意識するようになった。
目が合うだなんて僕のただの思い過ごしかもしれない。思い過ごしじゃなければどれだけ嬉しいのだろうか。ああ、現実であってくれ。
現実だろうとなかろうと君を好きになったことは事実だから、なんだって良いか。いや、良くないよな。君も僕と一緒の気持ちなら嬉しいんだよ。むしろそうであってほしいんだよ。
人混みではぐれないないようにと君の手を強く握る。
なんて定番なことをしたかった。でも勇気が出なかった。せっかく人混みがお膳立てしてくれてるのに、肝心のゴールを決めることができない僕。
こういう場面ではしっかりと君に男を見せておきたかったんだけど、いざ君を目の前にすると、とてもじゃないけど手を握ることができなかった。
5センチの距離があまりにも遠く、5メートルぐらいに感じてしまうのはなぜなんだろうか。
君が横にいるだけで。心拍数が上がってしまう。だから掌に「人」という文字を書いて、緊張をほぐすことをなんども繰り返す。
人混みの中を歩いている途中でふと花火が上がる。
ヒューっと音をたて、すぐさま火花が街中を照らす。観衆を虜にした花火。音と光のコラボレーションが静まった夜空を彩る。
君は美しい花火に見惚れていた。その一方で、僕は君の横顔に見惚れていたから、僕は花火じゃなくて君の虜になっていた。
夏、花火。
花火を見るよりも君といたかった。花火なんて君といるためのただの口実だ。
君と一緒にいれるなら理由なんてなんでもよかった。ただ君と一緒にいたかった。
最後の花火が上がる。この瞬間がいつまでも続けば良いと願う僕。
君は今どんな気持ちなんだい?
最後にそっと君の手を握る。君が僕の手を握り返す。
少しだけ君に近づけた気がした夏、花火。