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本当のありがとうはありがとうじゃ足りないんだ
ずいぶんと長い間、必要のないものに囲まれて生活していた。引っ越しが控えているため、物の整理ついでに断捨離をしている。ゴミ箱と段ボールが並べられた部屋の中に必要と不必要がどんどん線引きされていく。想像以上に不必要な物ばかりに囲まれて生活していた事実に気付いたけれど、そこには確かな安心があった。
服を40着ほど捨てた。学生時代から着ていたモッズコート、サッカーをやっていた頃に着ていたアディダスの長袖ジャージ。去年買って一回しか着ていないセーター、穴が開きそうな靴下、ゴムが伸び切ったスウェット。長い時間を共にすればするほどに、思い出が募っていく。そして、やがて捨てられない病にかかって、いつしか僕の生活はなくても困らない不必要に塗れていた。
本を50冊ほど捨てた。人生は自分次第という事実を体感してからは、自己啓発本は何の役にも立っていない。並べられているだけで満足した気になって、不必要なはずが捨てることすら面倒になっていた。結局、小説と漫画位以外の本はほとんど捨てたのだけれど、ずっと放置していたツケが今まさにやってきていて、マンションの5階からゴミ庫への往復の数の多さと比例していく。
ゴミ袋の中に物が入るたびに、断捨離の気持ち良さを体感する。本当は必要なのに、なにもかもが不必要に思えてくるのはきっと断捨離のせい。必要、不必要の線引きがうまくできなくて困る。すーっと深い深呼吸をして、自分を取り戻す。心を落ち着けて、感謝の気持ちを込めて、不必要な思い出ごとさようなら。
今はもう関わりがない後輩からの手紙が出てきた。「佐藤さん、いつもお仕事お疲れ様です。ほんの気持ちですが、食べてもらえたら嬉しいです」と書かれた手紙。今はもう手紙をもらったことも、何をもらったかすらも覚えていない。いただいた食べ物をきちんと食べたのかすらも記憶が曖昧だ。人でなしと言われるのも無理はなく、手紙を書いてくれた人はもう僕のそばにいない。勝手に期待されて、勝手にガッカリされた。期待に応えられなかった事実はあれど、勝手に期待されても困るという気持ちだってある。人間とは実に身勝手な生き物で、結局僕たちは疎遠になった。それ以上も以下もない。ひとつだけわかるのは、本棚に挟まっていた後輩の手紙を無心で捨ててしまった僕は薄情な人間だってことだ。
手元に残しておくものに優先順位は今使っているかどうかでつけられる。過去の写真や学生時代にあるバイト先の人からもらったアルバムや寄せ書き。それらを見返すことはあっても戻りたいとは思えないのは、きっと今が過去よりも充実しているためだ。物も人生と同じようになくても困らないものから順に捨てられていく。悲しむことはない。必要であれば、またいつか出会うタイミングはやってくるのだから。
引越し先のお家には大きいバルコニーがある。今はまだ寒いけれど、もう少し暖かくなったら、そこでサンドイッチを片手にピクニックをしよう。夜になったら、夜景を見ながらお酒を嗜む。夏はテントを買って、そこで一夜を明かすのもいい。バーベキューができるぐらいの広さだけれど、隣に人が住んでいるから多分開催できないだろうなと。妄想ばかりが勝手に膨らんでいく。これからやってくる新生活に胸を膨らませている事実。ほんの少しの不安はいつか期待に代わっているのだろう。
今住んでいる街では、人と会わなくなってしまっている。移住自体は1年前から決まっていたため、新しい人と会ったとしても、すぐにさよならをしてしまうことが寂しく思えたためだ。新しい街では新しい人にたくさん会いたい。自分を知らない人ばかりがいるため、新たな自分が顔を出すのかもしれないし、変われなかった事実が胸を締め付ける可能性もある。
間接照明とアラジンのオーブン以外の家具はすべて捨てていく。他に持っていくのは服と本と猫グッズだけである。お世話になった物を捨てるのは少し胸が痛むけれど、感傷に浸るよりも新しい生活に胸を躍らせた方が人生は楽しくなる。あのマンションに何年住んだのかはもう覚えていない。たくさんの思い出があるのは確かで、それが全部過去になるのも確かで。
BUMP OF CHICKENの藤くんは「本当のありがとうはありがとうじゃ足りないんだ」と歌った。心の底からの感謝を言葉に変えることなどできなくて、それを言葉にしたいと思っているのも確かで、どう足掻いてもできないもどかしさに胸が詰まる。
30年慣れ親しんだ故郷。いつまでも変わらないのは故郷で、これから変わってしまうのは僕自身で。故郷には思い出しか残されてないけれど、それらを胸に別の街へと移り住む。何歳になってもはじめてはワクワクするものだ。どんな生活が待ち受けているのだろうか。なんて、まずは目の前に並べられた段ボールやゴミ袋どうにしかなくてはないのだけれど。たまには物思いに耽ってもいいだろう。そう思えてしまうほどの経験をこれからするのだから。
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