都合のいい言い訳

目を覚まして、まず目に入ったのは白塗りの天井だった。普段なら隣に恋人が寝ているはずなのにどこにも見当たらない。手探りでベッドの中を調べても、つるっとしたシーツの冷たさがそこにあるだけだった。あらためてシーツを指先でなぞる。隣にいるはずの存在がいない事実が指先を痛くする。彼女がいない事実に耐えられない僕は、彼女のものを家にまだ捨てられずにいた。

彼女は3ヶ月前に出て行った。原因はよくある価値観の違いってやつだ。相当ストレスが溜まっていたのか、僕の嫌な部分を感情的にぶつける彼女。ろくでなし、もう一緒にいたくない、お前なんか嫌いだ。耳が痛い言葉ばかりにいまだに心を痛めている。何度言われても僕の悪い癖は直らなかった。特に大きな問題は起こしてはいない。服を脱ぎっぱなしにするとか、シャンプーの容器の下が滑っているとか、小さなチリも積もれば大きくなるが続いた結果、僕の悪い癖に嫌気を差した彼女が荷物をまとめて出て行ってしまったのだ。

洗面所には、彼女の歯ブラシとマグカップが置いてある。リビングには、彼女が買ってくれたガジュマルの木、玄関には2人並んで撮った写真が並んでいる。彼女の面影ばかりが部屋の至るところに残っている。前に進めない僕と反比例して、彼女には新しい恋人ができたと風の噂で聞いた。僕にしか見せなかった顔を今頃見せているのだろう。もしかすると、僕といたときよりも、いい顔をして笑っているのかもしれない。途端に襲い掛かるネガティブに眩暈がする。目の前が霞む。前に進みたいのにそれのせいで前に進めない。

言い訳ばかりの自分に嫌気が差す。これまでのあらゆる場面で言い訳を繰り返してきた。会社でミスをしたときに自分のせいではないと上司に言ってみたり、彼女とのデートに遅れたときに仕事が忙しかったと言ってみたり、振り返るほどにろくでもない自分ばかりが顔を出す。

今日は朝から出かける予定だったのに、体が鉛のように重くて、ベッドからうまく抜け出せない。まるでそこに閉じ込められているような感覚だ。自暴自棄になって動け出せなくなっただけなのに、都合のいい言い訳しか頭の中に思い浮かんでこない。体は身軽なのに、心に1トントラックでも乗っているような錯覚に勝手に陥っては、自分の世界から抜け出そうともしない愚かな男。人生とは簡単に諦められるものばかりで、諦めないには苦痛が伴うものだ。彼女との関係もすぐに諦めてしまえば心が楽になるのに、こんなときに限って往生際の悪さが際立つ。

どうして彼女の気持ちを繋ぎ止められなかったのか。関係の修復を望めもしないことを考えるよりも自分の反省点を振り返って次に活かした方が自分のためになる。なんて、体では簡単に理解できるくせに心がうまくコントロールできない。操縦不可になった心はネガティブな方向にしか進めずに、そこで待つ最悪の末路に、ただ怯え続けている。ろくでもないとしょうもないの繰り返し。ここまで浅はかな人間だと思ってもみなかった。自暴自棄になっている間に、時刻は正午を迎える。今日が日曜日で良かった。ほら、また東郷のいい言い訳を並べて、前に進むことができない。


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