動機なんて後付けでいい
人は何かと理由を求めたがる。
理由を見つけて何になるの?それって美味しいの?
理由が欲しい。理由がなければ行動に踏み切れない。
ほんとうはそんなことはなくって、やりたければ理由なんて求めずにさっさとやってしまえばいい。
一体何を求めてんのさ?逃げ?甘え?
それともさ、やらなくてもいい理由でも欲しいのかい?
残念ながらいくら待っていても、行動する理由は確実に降ってこないんだよね。
動機なんてなんだっていいのよ。動機は後付けでいいからさっさとやってしまおうよ。
僕自身もやろうと思ってみたものの、未だに行動に踏み切れていないものがある。
一体僕は何を求めてたんだろ?行動するきっかけ?それとも行動する理由なのかな?
「やりたいからやる」
ただそれだけでいいはずなのに、自分の思いから目を背けて、そんな自分を肯定することで、自分を救おうとしていたんだよ。
ただ単に怖かったのかな?誰かに背中を押して欲しかったのかな?
挑戦を妨げる要因はなんだ?
自分と目一杯向き合った?ほんとうに逃げてない?
「絶対に逃げてない」
と胸張って言えるのなら、もうどうにでもすればいいよ。
君の人生は君のものだろ?
誰かに言われて捻じ曲げるぐらいの信念ならもう持たない方が楽だよ。
いっそのこと流されて生きた方が楽だからさ、川の流れのようにゆるりと生きていきなよ。
でも流されるのなんてまっぴらごめんだから、僕は僕の人生を生きていくことにしたの。自分で選んでそいつを納得解にしていくの。
自分で選べばいいよ。そして自分が選んだ道を誇り高く進めばいい。
とはいえ「自分のことは自分で決める」だなんて難しいこと言っちゃうよね?
現実をいきなり突きつけられる時に限って切なくなるし、自分のことが嫌になっちゃう。
動機なんてどうだっていいよ。後付けで美談にしてしまえばいい。
大切なのは自分がどうしたいかじゃないの?
ねえ神様、僕に答えをくださいな。お願いだからさ。
取り繕って自分を偽ってさ、一体全体何がしたいのさ。
最初の一歩を踏み出すのはいつだって自分の足でだ。誰も踏み出してくれないから、自分でやるっきゃない。
「右足を踏み出せば勝手にもう片方の足は踏み出す」
尊敬している人に言われた言葉。
やりたいなら一歩踏み出してみなよ。何かが変わるかもしれないしさ。
もしも可能性が0でも、その可能性が0だったのかどうかは、自分の目で実際に確かめてみればいいのよ。
ねえ舞台に立とうよ。自分の物語だろ?君はどうしたいの?
君の人生の主役はいつだって君なのさ。周りに流されないでさ、自分の意思を大切にしようよ。
笑いたきゃ笑えばいいよ。笑われる方がちょうどいいんだよ。
「いつだって笑われる方が主人公」
だなんて言葉をSEKAI NO OWARIの深瀬さんが言ってたから、それを盲目的に信じてみることにしたんだよ。
なんてね。でも笑われる主人公で僕はありたいよ。