もっと簡単に素直になれたら良かったのに
ああ、今夜の駅前はやけに騒々しい。
どうやら華金とやらで、会社員たちも羽目を外しているみたいだね。
お酒を飲んでいる人、女の子をナンパする人、泥酔して駅のホームで寝る人。色々な人で駅前はごった返し、落ち着くに落ち着けない。
今夜の街はやけに騒々しくて、僕らは2人きりのはずなのに、どうやっても2人にはなれない。騒々しい街の中、どこを歩いてもたくさんの人がいる。ほんとうは手を繋いで歩いていたいんだけど、そんな勇気はまるでない。
きみの手を握る勇気がないのが僕のダメなところ。
きみが塗っているグロスに目を奪われ、僕は今日もきみの虜になる。きみの美しい唇に目を奪われるその度に、自分のことを殴りたくなるそんな夜だ。
きみが今夜何を求めているのかが、直感だけど少しだけわかるような気がする。
僕は今日きみの期待に、ちゃんと応えられるのだろうか。はたまたへたれが顔を出し、期待に応えられずに終わってしまうのか。そう、全ては僕次第だ。
ちなみに、僕ときみの家は反対方面。駅でいうと反対車両を、進むことになるのだ。僕がきみを誘わない限りは、帰る場所が一緒にならない。2人きりになるはずが、これは予想外。もっと簡単に2人きりになれると思っていたのに、どうやら叶いそうにない願いになりそうだよ。
とりあえず適当に見つけた居酒屋に入り、きみの仕事の愚痴や趣味について聞く。きみとディナーを楽しむ店を、事前に予約していないのは完全に僕のミスだ。またしてもやってしまった。
2、3件適当に良さそうなお店をハシゴして、きみといい感じになった。ふと時計に目をやると、時間は終電間近。
僕はきみとの会話の中で、今夜きみを誘う口実をずっと探していた。きみの話を聞く以外、ほぼ無口になっていたのはそのせいだ。あれこれ考えてみたものの、きみを誘う口実が見つからない。このままじゃ僕の中のへたれの勝ちになってしまうぞ、早くいけよ、おい。
結局、きみは終電で帰ってしまった。ああ、今夜も誘えなかった自分が、とてもふがいないや。
帰ろうとする手を握って、きみを連れて2人で夜を過ごすつもりが、できなかった。きみの期待に、僕は応えたかった。
自分の不甲斐なさがいやになり、1人お酒をぐいっと喉に掻き込む。こんなに寂しい味のカルアミルクは、おそらく生まれて初めてだ。
お酒は寂しさを、紛らわすのにちょうど良い、まるで精神安定剤のようだ。
きみではなくおしゃれなカクテルで、今夜は酔ってしまった。
深夜1時。終電を逃し、タクシーで1人帰路に着く。
今度のデートでは、「終電で帰る」なんて言わせやしない。
帰るまでは2人だったのに、帰るときは1人ぼっち。
あれだけ騒々しかった街も、やがて静かさを取り戻した。
そして、僕の前にはもう君はいない。