silent:想が綴った「言葉は何のためにあるのか」を再考する
silent(フジテレビ系)の第8話で紬(川口春奈)が想(目黒蓮)に映画を観ようと提案した。どうやら失聴者でも鑑賞できるバリアフリー付きの映画があるらしい。スマホで自分が観たい映画を決めている紬を見て、想は「本当に観たい映画あるの?」と聞く。紬は失聴者の自分に合わせているだけと感じたのだ。
その矢先に、紬のアルバイト先の友人が偶然やって来る。想の病状を知らない友人は、戸惑いを隠せない。想には聞こえていないが、友人の周りの人たちも物珍しそうな感じで想について話していた。これは不幸中の幸いである。
自分の知らない世界をいきなり受け入れられる人間は少ないため、友人の反応はよく見られるケースだと思った。友人の反応に戸惑う紬を見て、想は手話で話すの疲れない?一緒にいるの疲れない?と紬に問う。この場面で、目が見えづらくなった自分を重ねて涙が出た。
僕は難病のせいで両目ともに白内障にかかり、左目は緑内障にかかった。右目の視野が半分ほど欠けているため、日常生活にも支障をきたしている。一緒にいる人に対して迷惑をかけているんじゃないかという疑問はずっと消えないし、気を使わせて申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。たとえ相手がしんどくないと言っていたとしても、気を使わせているんじゃないかという気持ちが拭えない。
そして、菜々(夏帆)と春尾(風間俊介)の回想シーンに入る。春尾は大学でノートテイカーのボランティアをやっていて、一緒に授業を受けていたのが菜々だった。毎回講義の後に菜々はノートに「ありがとうございました」と書いていたのだけれど、春尾はそれに一向に気づかない。ある日、気持ちを伝えたくなった菜々が、春尾にノートに書いた「ありがとうございました」という文字を見せる。
その際に春尾は毎講義ごとにノートに「ありがとうございました」と書いてあることに気づいた。「ノートにありがとうございましたと書いて、それを使い回しすればいいんじゃない?」と春尾が言う。すると菜々は「ありがとうって使い回ししていいの?」と返す。この一件で菜々と春尾の仲が急速に近づいたのであった。
菜々から手話を学ぶ春尾は失聴者(菜々)が生きやすい世界を作りたいという気持ちになって、大学内で手話サークルを立ち上げる。誰かの力になりたいと思える気持ちはとても素晴らしいことでだ。みんなで手話を学んでいたときに、偶然奈々がやってきた。悲しくも菜々の力になりたいという春尾の善意は奈々に届かずにただ傷つけるだけだった。
「手話をしているだけでいい人に見られていいよね」
菜々からすれば、通常の会話と手話を選べる春尾が自分を見せ物にしていると感じるのも無理はない。春尾の菜々が生きやすい世界を作りたいという気持ちが本物なのにも関わらずである。人間は自分が感じた通りに物事を受け取るため、相手の意図がきちんと伝わらない場合が多く、受け取った人の考えが覆ることは滅多にない。2人はすれ違ったまま8年の月日を別々に過ごした。
春尾の失聴者が生きやすい世界を作りたいという気持ちは本物で、彼は現在手話を教える講師をしたり、手話通訳士をしたりしている。そんな春尾の思いに8年越しに気づいた菜々だったからこそ、春尾との再接近を試みたのかもしれない。
菜々と春尾の関係性が描かれた一方で想と紬の関係性が描かれる。紬に無理をさせていないかと心配になる想。ただ一緒にいたいだけの紬の思いはなかなか重ならない。ここで想が卒業式の時に綴った作文を思い出してほしい。
「言葉は何のためにあるのか」
紬は自分の言葉をきちんと伝えると決心し、想に「ただ一緒にいたいからいるだけ」と伝えた。バリアフリーの映画を観ることも、手話を覚えたこともただ一緒にいたいからで、負担だと思っていない。むしろ紬にとっては想と同じ時間を過ごすために全部必要なことだった。紬の言葉を受けた想の表情が少しずつ緩んでいく様はまさに安堵の姿である。
自分の思いをきちんと伝える。言葉はそのために存在するのかもしれない。時に薬となり、刃と化す言葉は丁重に扱う必要がある。しかし、紬の言葉は想の気持ちだけでなく、自身の心を軽くした。どんな言葉をどんなタイミングで相手に伝えるか。それは僕たち人間の一生の課題であり、向き合い続ける必要があることなのかもしれない。
菜々と再接近した春尾は彼女に自分の思いを伝えられるのだろうか。そして、紬と想のように、互いの思いを言葉にすることで、昔のような関係性に戻れるようになると、信じていたい。