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ぜんぶ、お酒のせいだ

学生時代のように何もせずに、友達と呼べる人と出会う機会は少なくなったような気がする。会社で出会う人は友達ではなく、あくまで同僚の域を超えない。くだらない話をするよりも仕事の話ばかりで、もっとくだらない話をしていたいと何度思ったことか。

先日、社会人になってから出会った友達と飲みに行った。もちろん仕事の話もするんだけど、話の大半はくだらない話ばかりである。忙しなく過ぎる日常のなかに添えられた束の間の休息に心が休まった気がした。

なんばに集合して、裏なんばと呼ばれるエリアの居酒屋を探す。どこに行っても人がいっぱいで、もう疫病は収束したのかと言わんばかりの盛況ぶりだった。赤提灯がぶら下がる居酒屋の暖簾をくぐり分けて、空いているかどうかを確認するが、どうやら満席らしい。諦めて別のお店に入るが、ここも満席。商店街を抜けて、路地裏に入る。焼肉のいい匂いが鼻に入ってきた。誘惑に負けまいと、居酒屋を探す。ようやく入ったお店は、席が2時間制のお店だった。

「とりあえず生で」と友達が言う。僕はハイボールを頼む。同調圧力に悩まされなくていいこの感覚がとても心地よい。飲みを強要されることもなく、好きなものを飲んで、好きなものを食べて、好きな友達とくだらない話を延々とする。

あまりお酒が強いほうではないため、普段は飲まないようにしているけれど、楽しさのあまりお酒が進んでいく。日本酒や梅酒、ハイボールを喉の奥にグッと流し込む。ほろ酔い気分になって、熱い話に盛り上がる。あっという間にお店を出る時間になった。友達がまだ飲み足りないと言うので、別のお店を探す。

時刻は21時を過ぎているのに、なんばは人でいっぱいである。どのお店がいいのかすらもわからない。15分ほど歩いて、友達が何度か行ったことがあるお店に行った。ハイボールを頼む。友達も同じものを頼む。お通しで出された枝豆の塩加減が抜群だ。

友達が勢い余って、ハイボールをこぼした。友達のズボンがアルコールまみれになる。慌てふためく僕を見て、友達は「ズボンがすうすうする。もしかしたら夏の暑さにはアルコールが心地いいのかもしれない」と言う。何を言っているのだろうと思ったけれど、楽しそうな友人を見ていると、些細なことはどうでも良くなった。

終電の時刻になるまてわ仕事の話やプライベートの話をした。みんな苦労しているし、頑張っている。と、当たり前の感想しか出てこない。文章を書いているのだから、もっと気の利いた言葉を使えるはずなのに、何も出てこない。これもきっとお酒のせいである。

終電で家に帰る。車掌が終電のアナウンスをしていた。電車の中には泥酔した人がたくさんいて、束の間の休息を楽しめたかい?と1人ずつ聞きたくなる。電車が最寄り駅に近づくたびに、ひとりまたひとり人が減っていく。最終的に車両の中は僕1人になった。なんだか1人取り残されたような気分がする。なんて考えている間も、電車は最寄り駅に向かっていく。広い車内の中にただ1人立ち尽くす。あと何度友達と飲みに行けるのだろうか。こんなことを考えてしまうのは完全にお酒のせいである。

最寄り駅に着いた。階段を登って、改札を出る。そして、また階段を登って、路上に出た。街は街灯によって照らされている。何事もなかったかのように、日常は流れていく。ずっと今日みたいな日が続けばいい。

社会人になってから友達ができる頻度は、学生時代よりも圧倒的に減ったような気がする。もちろん学生時代をからの友達も貴重なんだけれど、仕事の垣根を超えて、くだらない話ができる友達がいる事実は、幸福以外の何者でもない。

楽しかった。お酒を飲む席が楽しかったときは、いつも感傷に浸ってしまう。

ああ、ぜんぶお酒のせいだ。

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