【ちいさなものがたり】 さんにんは いつもいっしょ
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どうぶつとにんげんが仲良くくらす丘。
その中腹にある一軒のおうちに、あずみちゃんという女の子と、リスちゃんと、シカくんの三人がくらしていました。
三人はとても仲良し。
三人で出かけたり、お茶したり、ご飯を食べたり。
いつもおなじ時間をすごしていました。
ある朝、女の子は早おきしました。
そしてそーっとベッドからぬけだし、しずかにきがえて、キッチンに向かいました。
リスちゃんとシカくんはまだベッドのなかで寝ています。
女の子はクルミとプルーンがたくさんはいったスコーンを焼きました。
リスちゃんとシカくんと一緒に食べようと思いついたのです。
スコーンが焼きあがるころ、部屋中にあまいかおりがただよいました。
「そうだ、庭に咲くユリをテーブルにかざりましょう。そうしたら二人とも、きっと喜ぶから」
女の子はそういって籐でできたかごをもち、小川のちかくの庭にさくユリのところにむかいました。
あまいかおりに誘われてリスちゃんとシカくんは、同時に目をさましました。
「これはなんのにおいだろう、リスちゃん」
「さあ、シカくん、あずみちゃんにきいてみましょうよ」
目をこすりながらふたりはキッチンにむかいます。
でも、テーブルには焼きたてのクルミとプルーンのスコーンがあるだけ。
女の子はいません。
「あずみちゃん、おさんぽにでかけたのかな」
「それにしても、なんておいしそうなスコーンだろう」
そういったシカくんのおなかがグウとひとつなりました。
つられてリスちゃんのおなかもグウとひとつなりました。
「リスちゃん、おなかがへったねえ」
「シカくん、それにしてもおなかがへったわねえ」
ふたりのおなかはまたひとつグウとなりました。
でも、このスコーンは女の子が焼いたもの。
かってに食べるわけにはいきません。
そのときシカくんはふと気づきました。
「そうだ、ここにスコーンはたくさんある。だからすこしだけ食べてみよう。」
「だめよシカくん、あずみちゃんが悲しむわ」
するとシカくんは得意げに答えました。
「リスちゃん、ひとつ名案があるんだ。きみとぼくとでスコーンを食べるだろ。でもみっつだけはのこしておこう。そうすれば、あずみちゃんがもどってから、みんなひとつずつ、いっしょに食べられる」
リスちゃんは、グウとおなかを鳴らしながらいいました。
「シカくん、きみはなんて頭がいいの!それならみんなでスコーンを楽しめるわ」
「では、いただきます」
「いただきます」
ふたりはそれぞれスコーンをひとつ、またひとつ、ほおばりました。
むしゃ むしゃ むしゃ。
むしゃ むしゃ むしゃ。
「なんておいしいんだろう」
「なんておいしいのかしら」
ふたりは口のまわりにスコーンのこなをつけながら、むしゃむしゃ食べてしまいました。
「リスちゃん、おいしかったね」
「シカくん、おいしかったわね」
「プルーンもあまくておいしかったなあ。あぁ、ぼくもっと食べたいや」
「もうすこしスコーンがあればねえ」
するとシカくんは得意げに答えました。
「ところでリスちゃん、またまたぼくに名案があるんだ。のこったみっつのスコーンをきみとぼくとでひとつずつ食べるだろ。のこったひとつをみっつにわけよう。そうすれば、あずみちゃんがもどってから三人でいっしょに食べられる」
リスちゃんは、くちびるをぺろっとなめていいました。
「シカくん、きみはなんて頭がいいのかしら!それならみんなでスコーンを楽しめるわ」
「では、いただきます」
「いただきます」
ふたりはそれぞれスコーンをひとつずつ、口にほおばりました。
むしゃ むしゃ。
むしゃ むしゃ。
ふたつのスコーンはあっと言う間になくなりました。
「ひとつだったけど、リスちゃん、おいしかったね」
「ひとつだったけど、シカくん、おいしかったわね」
「あぁ、ぼくもっと食べたいや」
「クルミもこおばしかったわ。もうすこしスコーンがあればねえ」
するとシカくんは得意げに答えました。
「リスちゃん、またまた、また!ぼくに名案があるんだ。のこったスコーンはひとつだあろう。これを五つのかけらにわけよう。そのうちスコーンのかけらを、きみとぼくとでひとつずつ食べるのさ。のこったスコーンのかけらは三つ。そうすれば、あずみちゃんがもどってから、みんなひとかけらずつ、いっしょに食べられる」
リスちゃんは、ゴクリとのどをならしていいました。
「シカくん、きみはほんとに頭がいいのね!それならみんなでスコーンを楽しめるわ」
「では、いただきます」
「いただきます」
ふたりはそれぞれスコーンをひとかけらずつ、くちにいれました。
ぽり。
ぽり。
「ひとかけらだったけど、なんておいしいんだろう」
「ひとかけらだったけど、なんておいしいのかしら」
ふたりはごくんとのみこんで食べてしまいました。
「リスちゃん、おいしかったね」
「シカくん、おいしかったわね。あずみちゃんと一緒に食べたらもっとすばらしいでしょうね」
リスちゃんのひとことに、ふたりはおたがいの顔をみあわせました。
お皿にはシカくんの黒くて丸い鼻よりもちいさく、ちいさくなったスコーンがみっつ。
あまりにもちいさすぎることに、ふたりは気づきました。
「どうしよう、リスちゃん」
「どうしよう、シカくん」
ふたりはおちつかなくなってしまいました。
シカくんはおもわず床をほるしぐさを、
リスちゃんはおもわず木でできたお皿をかじるしぐさをしました。
ふたりがおちつかない様子でいると、女の子がユリの花をかかえて帰ってきました。
「ただいま。小川のユリがみごとに咲いていたから、一輪いただいてきたわ」
シカくんとリスちゃんはかおを青ざめながら、ちいさな声でやっと、
「お か え り あ ず み ち ゃ ん」
と、いえました。
女の子はテーブルのお皿のうえの、ちいさな、ちいさなスコーンをみました。
そして一瞬くすっと笑いました。
でも、ちょっと思いなおして、ちょっと怒ったかおをしていいました。
「ふたりとも。スコーンを食べたのね。だまって食べてしまうのはよくないわ」
するとシカくんはいいました。
「だって、だって、おなかがすいていて。とてもいいにおいで。あずみちゃんと三人で食べられるように三つにわけてたんだけど。こんなにちいさくなったのは、なんでだろう?」
リスちゃんもいいました。
「あずみちゃん、あずみちゃん、ほんとうよ。わたしたち、あずみちゃんといっしょに食べようって。じゃあどうしたらいいんだろうって。シカくんがいい考えを思いついたのに。こんなにちいさくなったのは、なんでだろう?」
リスちゃんシカくんも、かなしくてかなしくて目から涙がこぼれました。
ふたりの話をきいていて、あずみちゃんはなんだか胸があったかくなりました。
女の子はふたりにいいました。
「ふふふ、ふたりとも、このスコーンはシカくんの好きなプルーンと、リスちゃんの好きなクルミがはいっていたの、気づいた?でもね、低温で焼いたからかな、サクッと焼きあがらなかったの。だから、いまからつくりなおすわ。紅茶もいれましょう。それにユリの花をテーブルにかざりましょう。」
女の子のそのことばをきいて、リスちゃんとシカくんのかおがパッとあかるくなりました。
三人はスコーンが焼けるまでのあいだ、ユリをテーブルにかざりました。
ゆっくり紅茶をいれて、ゆっくり飲みながら、とてもゆったりした時間を楽しみました。
そして、サクッと焼きあがった、クルミとプルーンのスコーンをおなかいっぱい食べました。
スコーンのあまいかおり、紅茶のかおり、そしてユリのかおりが三人をやさしく包みこみました。
いっしょにいるときも、いっしょにいないときも、三人はいつもいっしょでした。
おわり
フォト:azumin