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「やることがない」と、起きる意味もない。
「やることがない」なんてことは若い時には少ないと思います。休みの日に、やることがなければ、「昼まで寝よう」などと思うこともありました。しかしそんなのは稀なことです。
定年退職した人は「毎日が日曜だ」とよく言われます。朝起きてやることがなくても、ある程度の時間には起きて、動き始めることでしょう。それでもやることがなければ、テレビでも見ながら一日を過ごす人もあることでしょう。
やることのない日がずっと続いていたらどうなるでしょう? おそらくそのうち飽きますよね。飽きのこない人は、テレビを何気なしに見るだけでも、つまらないと思わない人かもしれません。それはそれで、ある意味幸せかもしれませんけど、そんな人生ではつまらないと思います。
佐藤愛子さんは、2023年11月で100歳になられました。
25歳で小説家を一生の仕事にしようと決めて以来、書き続けて72年。精根尽き果てスッカラカンになって、もう書けないと筆をおきました。でも、そのうちヒマでヒマでたまらなくなって、思い出すままによしなしごとを書き始めていたんです。それが溜まりに溜まってどうしようかと編集者に見せたら、いつの間にか『婦人公論』での連載になっていたわけです。
ここで印象的なのが、「一生の仕事と決めて」という部分です。仕事に対してその気持ちになれる人は少ないと思います。25歳で決めてから72年ということは、97歳までその思いを貫いてきたわけです。まさしく超人です。佐藤さんを真似ようとしてもできる人は少ないことでしょう。だから別格だとしても、見習わないのも勿体ない気がします。
起きてもすることがないと、元気もなくなる
97歳で一度書くことを辞められた時のことをこう書いてられます。
目覚めてしばらく床の中で「今日は何をするか」と考えるんだけど、特にすることもなし。仕方なくモソモソと起きる。いざ出陣でも何でもないわけです。起きる時からもう元気がないんですよ。
高齢者がどんどん元気がなくなっていくのは、やることがないからです。佐藤さんの言葉にそれがにじみ出ています。起きる意味がないとも受け取れます。
生きていてやりたいことがない、やることがない、というのは寂しい
サラリーマンはそれに反して、定年退職し、仕事から離れようとします。「ゆっくりしたい」「のんびりしたい」と言うわけですが、佐藤さんの言われるように「やることがない」という毎日を目指すなんて滑稽です。
「第二の人生」と称して、趣味やサークル、自分がやりたいことに打ち込める人は、仕事の有無は関係ないと思います。生きていてやりたいことがない、やることがない、というのは寂しいと思います。佐藤さんも同じようにつまらないと思われたことで、結局また文章を書くことになり、それを編集者に見せたことで連載が始まったわけです。
やっぱり、人は好きな事をしている時が、一番幸せなんです。
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