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【感想】佐原ひかり『スターゲイザー』

 アイドルが嫌いだった。だった、だからもうそんなことはないんだけれど、アイドルたちが置かれているシステムが嫌いだったんだといまなら言い直せる。

 アイドルの、差し出されるその疑似恋愛的な物語が苦手だった。それと引き換えに彼らが受け取る人気は、アイドルひとりひとりの寿命に直結していて、それがとても残酷な構造だと思っていたから。生身の人間が息をして、汗と涙を流しながら人気を受け取る、それはアイドル自身の人生との引き換えでもあって、どうしてファンはそれに気づかないのかと、思っていた。これも過去だ。

 だからアイドルの歌も好きではなかった。嘘だ、と思っていた。歌詞に現れるどんな誓いも、ファンをメロつかせるための言葉だけに過ぎない。そう思っていた。過去のことだ。

 そういう、いくつものガチガチの思い込みが溶けてきた頃だった。佐原ひかり『スターゲイザー』を見つけたのは。読むべき本には読むべきときに出会うんだと思う。

 物語はアイドル6人の視点をひとりずつ巡りながら進む。まるで1話完結のドラマやアニメを観るように読めた。6人の物語は連なって、ひとつの物語になってゆく。それはまるで、夜空のいくつもの星を順番に目で追ってゆくと星座が描けるように、それははじめからひとつだった。

 そろそろ物語にふれてゆきたいので、未読の方は引き返してもいいし、もしこれで物語の一部を知ってしまってもこの文章ですべてを語れるはずはないと思う。彼ら6人(僕はもうひとり大事なメンバーを入れて7人だと思っている)が、このちいさな感想のなかに存在するわけがないから。あの本のなかに彼らは生きている。

 物語は加地透の視点から始まる。名前のように、透明な、それは見た目にはからっぽの、水族館で見る大きなアクリル水槽のような存在で、でも周りから見えているのは水槽表面の透明な部分だけで、周りが勝手にそれを「からっぽ」だと思い込んでいる。そこにはたっぷりと水が注がれていて、彼はその水を使って誰かになにかをしてあげたい。でもうまくいかない。彼は水の使い方を知らないだけなのに。そして彼はたくさんの水を持て余したまま大切な人を失ってしまう。大地はそうやっていなくなってしまったんだと思う。

 持田良はオレンジ色になりたそうだなと思う。でも彼は橙色だと思う。なにが違うんだろう、でもどっちも同じかもしれない。彼は和田遥歌という才能を前に傷つく。アイドルの暗闇の部分を持田は教えてくれる。人気がないということはアイドルとして弱者であること。そこにはルッキズムがあること。持田のそういう感覚を遥歌がひっくり返してくれる。でも遥歌も持田に救われているんだ。

 たぶん僕は和田遥歌を推すためにn.overのコンサートを観に行くと思う。見た目というよりは、その精神的な魅力に惹かれる。彼は真田蓮司に「アイドルを辞めさせない」呪いをかけるための賭けに自分の身体を賭け銭に入れてしまう人だ。なんとなく、彼は無理やり一人称を「おれ」にしている気がする。漢字の「俺」ではないのがいまのところはっきりとしている(それでもまだ曖昧な)線引きなんだと思う。適した一人称を持っていないのかもしれない。自分をどんなふうに自分で呼びたいのか定まっていない。アイデンティティが脆いんだと思う。だから彼は蓮司を取り戻すためならなんでもやる。それは脆さとの裏腹で、脆いから人とは違う方法で強く在るしかない。

 三苫プロはその名の通りプロ意識の高い人間だけれど、見えるものが少ない。見えるもの、というか、見たいものが少なかったのかもしれない。三苫プロのあたりから物語は新しい渦を描きはじめて、なぜ彼ら6人の視点で物語が描かれていたのかがはっきりとする。次の夏のコンサートで新しいグループ結成をメンバーの自主性によって進める運営の方針は、実際のところ遥歌という新星の奪い合いの始まりと、彼のデビューを見据えたお膳立て。でも、三苫はそれで見えるものが増えた。自分だけではなく、他人に目を向けるようになった。三苫プロは見たいものを増やして、見えるものを増やして、もうひとつ上のプロになった。

 なんでも正直な真田蓮司が好きだと思う。彼の口から出るどんな言葉もほんとうだと思えるのは、彼の魅力だ。一方でその正直さは人間の棘も鋭いままに現れて、周囲の人を怒らせ傷つけもする。彼はアイドルよりも役者の仕事を求め、遥歌から呪いを受ける。でも彼もその呪いを受けたかったんだと思う。彼はその呪いをきっと喜んでいるから。だから蓮司は役者の才能を見つけた若さまを絶対に失いたくなくて、今度は蓮司が呪う。続けさせることって、呪いだ。相手になにかを続けてほしいと、欲して、言葉にして、縛る。それが良いのか悪いか、分からない。呪いでしか引き留めれらないことも、たぶんある。

 若さま、こと若林優人の枷をはやく外してあげたいと思う。彼にとっては過積載にもほどがある他人の人生まで載せて、いつまで彼は走っているんだろう。でも彼を救えるのはいまのところn.overのメンバーだけだし、彼らが夏のコンサートで浴びた光を見つめたら本を閉じたあともしばらく涙が止まってくれなかった。なんの涙だろう。うれしい、だったかもしれない。あのとき湧いていた感情は。アイドルたちが置かれているシステムをあんなに嫌っていたのに、僕はそのなかでうれしかった。

 ファンが、アイドルを呪っているのかもしれないと思っていた。ファンが、人気が出れば出るほどお金を出してアイドルを応援するから、アイドルは止まらない、止まり方を知らない、走り続け、やがて壊れるまで、まるでレースに出るのをやめたサラブレットのように、駆け抜けたあとのことを、ファンはどれくらい思ってくれるだろう。レースに出なくなった馬は、レースで見なくなったあとも生きているというのに。それはアイドルだって同じはずだ。卵を産むのをやめた鶏の首は締めてしまえばいいと思っているんだろうか。そんなふうに思っていた。

 でも、それだけではないと気づいた。アイドルの歌や言葉やパフォーマンスは生きる糧になる。生きるために必要な声を、彼らは分け与えてくれる。それはきっと、アイドルにしかできないやり方で、それを肯定的に思えたのがうれしかった。それに、ファンの応援は呪いではないことも、もう知っている(三苫プロ、あらためましたよ)。

 どうすればいいんだろう。透の考えもそうだったけれど、アイドルの置かれたシステムはまだ道半ばだ。どうしたらアイドルもファンも疲弊しないでいられる関係性になれるんだろう。

 読み終わるまであっという間だった。あっという間だったのにあっという間だったとは思えない。なんでこんなに果てしないことが本になってしまうんだろう。たった一冊の本になってしまうんだろう。僕はこの物語を知るためにもっとたくさんの時間を使いたいと思った。

 泣き止んで、まずは感想を書くことにした。感想を書けば書くほど物語が頭からこぼれ落ちていることに気づかされる。これからどれくらい星を見つめ続けていられるだろうと、すこし不安になった。

 スターゲイザーになりたいと思った。


   §


 個人的に、メンバーが6人でなんとなくSixTONESをイメージしたり(結成の背景のような部分も似ていたりして)、あとは最近好きになったKING OF PRISM -Shiny Seven Stars-(7人の男の子がステージのショーに向かって成長してゆくアニメ)を重ねたりしながら読んでいて、とてもおもしろく読めました。久しぶりに一気読みしてしまって、没入感が心地よかった反面、もったいなかった気もしています(続編とかあるのかな……)。

 蓮司と絡みのある薫という人間が僕はけっこう好きです。あの人の音楽のために生きてるわけじゃない、って切り捨てるところとか。人間を大切にしない人は人間から断ち切られたほうがいいと思う。そういうことをしている自覚をちゃんと与えるのが薫だし、夏に鍋食べたい蓮司もなんかかわいいですよね……(オタク語りスイッチ入ったので苦手な人はここで引き返してください)。

 みんなキャラ立ちがすごくて、わーすげー生きてるみたいだーって思いました。どっかでまじでアイドルやってるんじゃないかな。あと、ひとりひとりの視点で読ませてくれるのに物語がまっすぐひとつになってるのが心地いいというか、たとえば、別の人の視点からの語りでも(そうそう遥歌はねここではこういうこと言うんですよ)とか、それぞれのキャラの言動にうんうん頷きながら読めて楽しかったです。

 なんかこう、みんなちゃんと色が見えるというか、この人ならこうする!って見えて、そこに人格が見えるのがいいなーって思いました。これ、アニメ化したらやばそうだな……。なんとなくビジュアルも頭に浮かんできますし、ていうか大地さん……。僕は透くんも推しなので(本一冊で推しとか大丈夫なのかな……これ以降の公式からの供給はあるのか……)透くんには幸せになってほしいんですよ。そしたらやっぱり大地さんがユニバース復帰でゆくゆくは……みたいなことを妄想します(小説の二次創作ってどうなんでしょう、公式からの続編を待ったほうがいいですよね)。

 ひとりひとりの人格見えるし推しになっちゃうから、もうどうにかして幸せになってくれませんか!って思いながら読んじゃうんですよ。蓮司のところに若さま住んでて遥歌は嫉妬とかしないんですかね……だって自分の身を挺して引き留めた奴が自分より仲良い人いるなんてさ、いや蓮司は若さまの役者の才能に惚れてるから遥歌も役者路線行くしかないか……なんなら3人で住みなよ……。

 きっとこれから持田はすごく成長すると思う。伸び代しかないので期待しています。遥歌の心のお守り的存在なので絶対にいなくならないでほしいです。いなくなったら遥歌が悲しむので。推しの幸せが第一。

 個人的に夢に見ているのは続編とアニメ化。
 だってn.overはわたしたちが見続けていればずっと星になれるんだから。

 あなたもスターゲイザーになれるよ!





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