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一点ビハインドで9回裏2アウト。HRを狙うか、後ろにつなぐか?-野球における志向性の日米比較

はじめに


「日本人は技術が高く三振をしないが、パワーがないのでHRが少ない。一方、メジャーは技術に乏しいので三振が多いが、パワーがあるのでHRも多い」
という言説は、おそらく全ての野球ファンが聞いたことがあるものだと思います。これは本当でしょうか?

本稿では心理学の観点から打席でのアプローチを日米で比較したChuang et al. (2022)を参考に、この言説の真偽を検証したいと思います。


1. 日米におけるHR数の比較


Chuangらはまず、2005年~2019年におけるHR数と三振数を日米比較しました。下の図の赤い線がNPB平均、青い線がMLB平均です。

(図1)一試合当たりの平均HR数
(図2)一試合当たり平均三振数


この調査から、実際に日本では三振が少なくHRも少ない一方、アメリカは三振が多くHRも多いことが分かりました。しかしこれだけでは、結果の違いが志向性の違いによるものなのか、技術の問題なのかが分かりません。そこで次のステップとして、心理学に基づいたアンケート調査を行いました。

2. 2種類の志向性: 強化感受性理論(RST)


ここで少し、心理学の理論について触れたいと思います。関心のない方は、次章へ飛んでもらって構いません!

意思決定における人間の考え方は、2種類に大別されます。

  1. BIS: Behavioral Inhibition System(行動抑制系)
    罰の信号や欲求不満を引き起こすような無報酬の信号(刺激)を受けて活性化される動機づけの傾向。

  2. BAS: Behavioral Activation System(行動賦活系)
    報酬や目的の信号や罰の不在を知らせる信号(刺激)を受けて活性化される動機づけの傾向.目標の達成に向けて,行動を解発する機能の程度を表す。

例を挙げると、「お母さんに叱られたくないから勉強する」という思考はBISに、「お母さんに褒められたいから勉強する」という思考はBASに分類されます。強調しておきたいのは、この理論はどちらかが優れていると言うことを示すものではありません。

大雑把に言えば、アジア系の人々はBISが強く、ヨーロッパ系の人々はBASが強いとされています。またスポーツの世界でも、テニスプレーヤーを対象に調査した(Aaker & Lee, 2001)は香港の選手が試合を「負けを避ける機会」と捉える一方、ヨーロッパ系アメリカ人選手は「勝利を得る機会」と捉える傾向にあることを示しています。

3. 日米野球ファンの志向性の比較


次にChuangらは日米の野球団約700人を集め、野球の試合における状況判断のアンケートを行いました。さて、以下の8つの場面において、日米差が最も大きく出た状況はどれでしょうか?(※質問は簡略化しています)

  1. 8回裏1点ビハインド、1アウトランナー3塁の場面。あなたが打席に立っていて、カウントは2-1です。ホームランを狙いますか、それともバントをしますか?

  2.  あなたはコーチです。8回裏1点ビハインド、2アウトランナー1塁の場面。ランナーは平均的な走力を持っています。ランナーに盗塁を指示しますか、それともしませんか?

  3. 1アウトランナー1塁、あなたが打席に立っていて、カウントは3-0です。ベンチからは「グリーンライト」の指示が出ました。球を見送りますか、それともスイングしますか?

  4. あなたがセンターを守っています。8回裏1点リード、1アウト2、3塁の場面です。バッターがフライボールを打ち、それがあなたと内野の間に落ちそうです。この時、ワンバウンドを待ちますか(1失点)、それとも飛び込んでアウトを狙いますか(失敗すると2失点)?

  5.  あなたがサードを守っています。8回裏2アウト、ランナー2塁の場面です。相手がボテボテのゴロを打ち、それが三塁線に沿って転がっています。ボールを取って一塁に投げてバッターをアウトにしますか、それともファウルになるのを待ちますか?

  6. あなたはコーチです。7回表1アウト、ランナー2塁の場面です。次のバッターはこの試合で2本のヒットを打ち、打率が.320です。投手に敬遠させて併殺の機会を作りますか、それともそのままバッターと対戦させますか?

  7. あなたは3塁ランナーコーチです。8回裏1点ビハインド、1アウトランナー3塁の場面です。バッターが右飛を打ち、強肩の外野手が捕球しました。ランナーにタッチアップを命じますか、それとも3塁に留まらせますか?

  8. あなたはキャッチャーです。ランナー1、3塁の場面で、1塁走者が盗塁を試みています。2塁に送球してタッチアウトを狙いますか、それとも送球しませんか?


この中で最も大きな差が見られた状況は、3.「カウント3-0で振るか否か」でした。振ると答えた割合は日本21.8%、アメリカ44.4%で、p値(日米で差がない確率を示す数値)は0.1%以下でした。その他の結果を知りたい方は、ぜひ原文をご覧ください。

アンケート結果としては、やはり日米野球ファンの間には志向性の違いがありました。先行研究と同様に、日本のファンは悪い結果を回避しようとする傾向にあり、アメリカのファンは最善の結果を獲得しようとする傾向にあるようです。

4. 考察


Chuangらによる調査から、冒頭で上げた言説は「日本は三振もHRも少なく、メジャーは三振もHRも多い」という結果の部分は事実であることがわかりました。しかし、その根底にあるのは技術やパワーの問題だけではなく、選手の志向、ひいては文化の違いが大きく関わっていることがわかりました。

この結果から、異国でプレーする選手、例えばNPBに来る助っ人選手たちが十分なパフォーマンスを発揮するためには、彼らの背景にある文化や志向性を知ることが重要ではないかと考えます。

「日本では高リスクなプレーが忌避される」という結果から考えられるように、NPBに来た多い助っ人選手が三振を減らすための指導を受けるというケースがよくあると思います。しかしそれは、選手本人の意思を尊重した指導なのでしょうか?まず、球団の首脳陣が日米間の志向性の違いを理解し、日本に順応させるのか、あるいは選手本来の考えを尊重するのか、十分な話し合いを行うことが不可欠であり、その上で指導するというプロセスこそが肝要だと思われます。

また、私たちファンやメディアも例外ではありません。従来より三振の多い助っ人選手は「大型扇風機」などと揶揄されてきました。しかし、この研究結果から考えると、果たしてその選手本人は三振を気にしていたのか?と疑問に思えてきます。三振に過度に焦点が当てられる日本の報道やファンが原因で、選手の志向性に迷いが生じ、パフォーマンスの低下につながる恐れもあるでしょう。我々ファンはこのような日米の文化の違いを理解し、選手の考え方を尊重する必要があるのではと考えます。

おわりに

最後に、今後の研究のヒントになればと思い、批判的考察を少しだけ述べておきます。ここまで読んでいただきありがとうございました。

  • 本研究の米国における対象は「ヨーロッパ系アメリカ人」であったが、MLBの野球人口の多くを占める「ラテン系アメリカ人」を含む必要があるのでは?

  • 本研究の対象であった「ファン」は、厳密にはプレーヤーではない。選手の志向性に関するより正確なデータを入手するためには、ファンよりも野球部に所属する学生にアンケートする方が適切であるように思う(18歳以下を対象とした調査は倫理上の審査が厳しいのは承知していますが、、)。


<参考文献>

Aaker, J. L., & Lee, A. Y. (2001). “I” seek pleasures and “we” avoid pains: The role of self-regulatory goals in information processing and persuasion. Journal of Consumer Research, 28(1), 33–49. https://doi.org/10.1086/321946 

Chuang, R., Ishii, K., Kim, H. S., & Sherman, D. K. (2022). Swinging for the Fences Versus Advancing the Runner: Culture, Motivation, and Strategic Decision Making. Social Psychological and Personality Science, 13(1), 91-101. https://doi.org/10.1177/1948550621999273 






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