【#1087】コミュニケーションは性善説で。仕組みは性悪説で。
お元気ですかー?
今日のnoteは「コミュニケーションは性善説で。仕組みは性悪説で。」というお話です。
主にマネジメントについてです。
人のマネジメントか仕組みのマネジメントか
性善説と性悪説(性弱説)の論争があります。
特にマネジメントの文脈では、僕も何度も議論してきました。(特にミドルが居酒屋に集うとなりがち)
マネジメントの文脈では、僕なりの答えがあるので、今日はそんなお話をします。
結論としては、人のマネジメントか仕組みのマネジメントかで思考を使い分けるのが良いと考えています。
ちなみに、これは思考法の話です。
僕は、実際に人の本質は悪なのか?善なのか?の答え探しは諦めています。(あまり興味ない)いわゆる性弱説も、性悪説の言い換えにしか思えず(性悪説も、人はほっとけば殺人でもなんでもするというよりは易きに流れる的な意味ですよね)。
このnoteでも、その答えを探すことは一切しませんので、ご承知おきください。
コミュニケーションは性善説が良い
まず、人のマネジメントの場面です。
メンバーとコミュニケーションを取るにあたっては、性善説が良いです。性悪説でコミュニケーションを取ることのリスクが高すぎるからです。
性悪説でコミュニケーションを取ると
「頼んだ仕事をやっているか細かく確認する」
「まだやってもいないことに対して、注意する」
ということが発生します。
相手が悪いこと考えてサボっていたら、まだマシなのですが、一生懸命やっていたら最悪です。サボる気はないのに疑われて、気分が悪いに決まっています。
例えるならコンビニの入り口にデカデカと
「万引きはやめてください」
と書いてあるようなものです。
そして、店に入ったら
「いらっしゃいませ。お会計はちゃんとしてくださいねー」
って店員さんに言われるようなものです。
確かに人は、誰もみてなければ、声をかけなくては、うっかり万引きしてしまう心の弱さや性根の悪さがあるのかもしれません。
でも、そうではない人、その悪さを克服している人にとってはめちゃくちゃ失礼です。買う気もなくなります。
こんなイメージで、不要に疑ってしまうと、相手の気持ちややる気を削いでしまいます。
性根の悪さは仕組みで解決
一方、仕組みの話になると逆です。
仕組みをマネジメントするときは、思いっきり性悪説で考えましょう。
性悪説でも静寂説でもいいのですが、人は易きに流されると考えてシミュレーションをして、仕組みづくりをしてOKです。
人のマネジメントと違って、仕組みはなぜ性悪説で考えるのか?
なぜなら、仕組みのマネジメントは相手がある個人じゃないからです。同じ仕事をする職場のメンバー全員が対象です。
人は悪い、易きに流れるという考えでも、誰にも失礼ではないです。むしろ、性善説で仕組みを作るというのは、何もやってないことと同じです。
個人へのマネジメント、個人への信頼や期待以外は、マネジメント自体が性悪説を前提としていると言っても良いかもしれません。
最後に
今日は「コミュニケーションは性善説で。仕組みは性悪説で。」というテーマでお話ししました。
マネジメントのほとんどは人は易きに流れるという意味で性悪説をベースとしています。そして、それをそのまま、対メンバー個人のマネジメントに流用して、メンバーのやる気を削いでしまう不幸はよく見かけます。
というか、マネージャーなりたての僕はまさにそれでした。僕の若い頃のチームのメンバーには申し訳ないことをしたと思います。すみませんでした・・・
せめて、これからはメンバー一人一人を信頼し、自分も含めた人の弱さを前提とした仕組みづくりをしながらも、メンバー一人一人を信頼できる人間になりたいと思います。
では、また!
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