[ショートショート]散歩
いつも車で通る道を歩いて通ったら、その景色はどこまで違って見えるのだろうか?全く違うものに見えるのか…それともいつも見てる景色だ〜と感じるのか?
私は旅行に行くのが好きだ。知らない街の知らない景色を自分の足で探すのが好き。そこでしか見れない景色を見つけた時はとても幸せな気持ちに包まれる。それと同時に少し疑問に思うことも。これだけ素晴らしい景色を見れる場所で生活してたら毎日が幸せになるんじゃないかと?
だって、旅行で2日程しか滞在しない自分なんかより、たくさんこの場所に触れている地元の人の方が絶対に色んな事を知ってるはずだ。こればかりは触れている時間が違いすぎる。2日しかいない自分がこれだけ楽しめるんだから365日居れる地元の人はどれだけ幸せなんだろうと考えてしまう。
ただ、同時に旅行で来てるから楽しめるんだって考えも思いつく。私だってさっきの考え方が正しいなんて思ったことは無い。だって彼からはここで生計を立てているのだ。つまり生活が掛かっている。それなのに毎日のんびり景色を楽しんでいる訳にはいかないだろう。加えて、このご時世では全く心が晴れないはずだ。
そこで私は少し自分の街を歩いてみることにした。普段はもっぱら車移動。街の景色なんてなんとなくでしか見てない。
いつも車で通る通りを歩いたらまず驚いた。思っていたよりお店が多い!想像の倍以上あった。旗もなく看板だけの小さなお店も目の着いた。普段なら絶対に認識できない。歩いているからこそ見つけられた。そのお店に飛び込んでみた。小さな紅茶屋さんだった。扉を開けて中に入るとフワッと紅茶のほのかないい香りが鼻腔を刺激した。でも刺激だと表現が強すぎるかもしれない。くすぐったくらいがちょうどいいだろう。優しく包み込んでくれた。
中ではおばあちゃんが1人で切り盛りしていた。でも背中は曲がっていなくてとても健康そうだった。お好きな席へどうぞと勧められたので、窓際の席に座った。日当たりが良くてポカポカした。
お水を持っておばあちゃんが来てくれた。
「私のお店は初めてかしら?」
「そうです。お客さん全員おぼえてるんですか?」
「小さいお店だからね〜まだまだボケてないよ。」
そう言って顔いっぱいの笑顔を浮かべた。たくさんのシワがおばあちゃんの人生を物語っているように感じた。
「何かおすすめありますか?」
「最初は是非お紅茶を頂いて欲しいわ。」
「じゃー紅茶ください!」
そう言ったら笑顔でカウンターの向こう側に入っていった。常連さんと思わしき方から声をかけられた。
「久しぶりに新しいお客さんが来てマスターも喜んでるよ。ありがとね。」
そう言われてとてもびっくりした。ここは常連客の人もとても優しかった。こんな経験を地元でできるなんて思ってもいなかった。
それからは常連客とたわいもない話をした。地元の歴史を聞いた時はとても面白かった。今まで気にしたことも無かったけど改めて聞かされると心に来るものがあった。
それからしばらくして紅茶が届けられた。白を基調に桜の花のような模様が入っているとてもオシャレなカップだった。急に持って帰りたい衝動に駆られた。
ソーサーを持ってカップを近づけて香りを嗅いだ。その瞬間身体中の細胞が覚醒した。全身が持てる力全てを使って紅茶の香りを楽しんだ。私の勘違いではなく本当に覚醒した。それくらい衝撃的だった。
一口口に含んだ。優しい口当たりでとてもスッキリ。加えてまたほのかな香りが口いっぱいに広がり溶けていくみたいに無くなった。全身の細胞に行き渡るように体に溶けていった。
「すごくおいしいです。この感動を言葉にできないことが悔しいくらい。」
そう言ったらおばあちゃんは笑顔で戻って行った。常連客はしてやったりみたいな顔をしていた。でもなんか心地よくてこの時間がずっと続けばいいとと思った。
紅茶を飲み干して外へ出たらもう日は上りきっていた。気がついたらずいぶん長居していたみたいだ。やはり地元には地元の良さがある。自分が注意を向けてないだけだった。
そう考えながらまた足を運び出した。次はどんな新しいものに出会えるのかワクワクしていた。頭の中には紅茶屋さんでの経験がずっと繰り返されていた。入った時、香りを嗅いだ時、常連客に話しかけられた時。そして紅茶を飲んだ時。どれも私にとってかけがえのないものであった。これから先苦しいことがあっても今日の出来事を思い出したら全て乗り越えられる気がした。そう思ったら自然と笑顔になっていた。
そうして次の目的地を探しながら進む後ろ姿はスキップしていた。
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