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【ウミネコ文庫挿絵】創作秘話:転天狐舞
“二度あることは三度ある”
はたしてこの格言は正しいのでしょうか?
昨年、ウミネコ文庫さんへ童話を一本、挿絵を二本寄稿し、2023年はもう何も思い残すことはない、「行く年来る年」の除夜の鐘がいくたび鳴ろうとも私の魂には一鱗の煩悩もない、そう信じて年の瀬を迎えました。
そして、年が明け、今年は読み溜めていた手元の本を読み、新たに物を買い足すこともなく、煩悩とは無縁でいよう、そう誓った2024年の初日。
ところが…
まだその舌の根も乾かぬうちに、金剛石よりも固かったはずの私の決意は、もろくも打ち砕かれてしまったのです。
“二度あることは三度ある”
どうやら格言は正しかったようです。
はそやmさんの絵の上手さはすでに存じ上げておりましたが、これほど楽しく描かれる様子を目の当たりにすると、私の中の何かが強く揺さぶられるのを感じずにはいられません。
“二度あることは三度ある”
いいえ、今回はそんなに簡単に流されるわけにはまいりません。
そう自分に言い聞かせながら、すでに燃え尽きて灰になった創作の魂を遠目に見やると、なにやら赤い光がチラチラと揺れているではありませんか。
私は慌てて冷たい水を汲み、灰の中からこちらを伺っているたくさんの赤い目に、その水を思いっきりざぶりとかけました。
危ないところでした。燃え尽きた魂の間から、小火たちが火柱を立ち上げる隙を狙っていたようです。
どうやら無事に火種を消したらしい私は、はそやmさんの記事に落ち着いた気持ちでコメントを差し上げました。
ところが…
“Ryéさんもぜひ問い合わせてみてください!”
え?
『森のくまさん』のように繰り返される《ところが》のリフレイン。
はそやmさんからの返信は、数々の船乗りたちを虜にしてきたセイレーンの甘い囁きのように私の耳にこだまします。ふと顔を上げると、頭の上ではウミネコたちが旋回しています。
ああ、潮の香りがする。
いけません。
危うくまた船を出してしまうところでした。
危ないところでした。私は大きな呼吸を一つ二つして、再び失いかけた自分を取り戻しました。
今ここで、はそやmさんの甘い囁きの声に誘われてしまうのは、種子島宇宙センターからヘッドが苺、エンジンがチョコレートのアポロ号を打ち上げるようなものです。
ところが…
よくよく考えてみると、このアポロ号は、1969年7月21日、アポロ11号打ち上げ成功後の8月7日より製造販売され、2024年の現在にいたるまで不動の人気を博している優秀なロケットです。つまり、決して落ちないロケットなのです。
ということは、私もこのまま宇宙まで飛んでいけるのでは?
そんな希望と妄想が頭の中を駆け巡るなか、どこからともなく、宇宙に沁み渡るような声が聞こえてきました。
何だ、このプレッシャーは?
ああ、この声はもしや…。
そうです、かつて赤い彗星と呼ばれたあのお方。
覆面姿からサングラス姿に変わり、クワトロ・バジーナとして身をやつしているジオンの末裔。
※リアルボイスをご所望の方はこちらに↓
ああ、いけない、いけない。
私は自分の煩悩を諌めながら、これまでの自分の作品を思い返してみました。
一作目は、豆島圭さんの『靴を作る男』。
豆島さんのご希望によりテニエル風の画風で仕上げました。
二作目は、ホシガラスさんの『大切なさがしもの』。ホシガラスが用意してくださった登場人物(動物?)たちのモデルを参考にベアトリクス・ポター風に書き上げました。
いずれも作品そのものが持つ素晴らしい世界観のおかげで、私の干上がった泉にも雀の涙ほどの水が湧き出しました。そのわずかばかりの水を干上がった大地に撒き、風が吹けば飛んでしまいそうな芽がようやく顔を出した時の喜びといったら!
ところが…
次々に公開される皆さまの挿絵は、どれもオリジナリティ溢れる作品ばかりで、文字どおり度肝を抜かれました。度肝の「度」とは、いったい何の「ド」なのでしょうか? そんなくだらない疑問に首を傾げながら、偉大なる挿絵画家たちを手本にしたオフサイドギリギリの、限りなく二次創作に近い自分の挿絵にも首を傾げておりました。
三度目はありません。絶対に。
ところが…
昨年暮れに書いた『言葉の指紋』と題した記事に対して、「模倣は芸術の一歩である」というコメントを多くの方々からいただきました。
真似とマネ、模写とミュシャ。
なんだかとてもよく似ています。
“Ryéさんもぜひ問い合わせてみてください!”
はそやmさんの声が響きます。
こんな私でも大丈夫でしょうか?
ニュータイプではない私にも新型モビルスーツが操れるでしょうか?
恐ろしいほどのプレッシャーに苦しみながらコクピットに乗り込み、ふと後方を振り返ると、コアファイターのコクピットには、ボン・ラジさんの姿が!
そうだ、私にはボン・ラジさんがいる。はそやmさんも「困ったときにはボンさんがいらっしゃいます!」と仰っていたではありませんか。
操縦桿を握り、モニターを確認すると、ボン・ラジさんが親指を立てて幸運のエールを送ってくださっています。
私の心は決まりました。
アムロ、行きます!
離艦時に、木馬のカタパルトを外し損ね、いくぶん積んのめった感がしないでもないですが、なんとか体勢を立て直した私は、目標へ向かいます。
ところが…
目標や何処?
ボン・ラジさんから送られた複数のモニターをチェックしていたまさにその時、宇宙にこだまする音が聞こえてきました。
テンコテンコテンテンテン
テンコテンコテンテンテン
テテンコテテンコテテンコテン…
こ、これは、もしかして、あの天狐様の舞の音!
そうです。nekotaさんの『転天狐舞』の天狐様の舞の音が聞こえてきたのです。
実をいうと、私は今回書籍化される『ウミネコ文庫童話集』に収録予定の作品の大半を読んでおりません。何故かといえば、それは紙の本になってから読むという腹積もりでいたからです。そうです。お察しのとおり、私は自分の好物を最後まで取っておくタイプです。
そんなわけで、お楽しみとして未読にしていた作品の中に、この作品はお取り置きをされていたのでした。
私はさっそくボン・ラジさんに「目標発見」の合図を送り、かえで通りにある天狐神社を目指して宇宙を駆け抜けました。
推理力はないけれど、探し物が得意な時生君は、探偵事務所を始めたばかり。その日は、商売大繁盛の豆腐屋さんからの依頼で猫のマメちゃんの捜索中、見つけた場所は天狐神社の猫集会。
nekotaさんのお話はとてもリズム感があって、読む進めるにつれてワクワクしてきます。
「ンナーゴ」、「ンナナナナナ!」という猫言葉もたまりません。この作品が持つ愉快で軽妙なリズム感をなんとか形にしたい。どんな画風にすればよいのか、私の頭の中では時生君や小華ちゃん、猫たちや天狐様がぐるぐる回っています。
そしてついに、探偵、猫とくれば、もう『タンタンの冒険』しかないだろうという結論に至りました。
注)タンタンはジャーナリストで、相棒は犬です。
同時に、『プチ・ニコラ』シリーズのSempé のイメージも現れました。そこで、すぐにボン・ラジさんに相談してみました。
すると…
ブレーキランプ3回点滅
イ・エ・スの合図
ゴーサインが出ました。
私は吉田美和の歌声に酔いしれながら、気持ちよくスラスラと挿絵を…
…そんなに簡単にはいきませんでした。
産みの苦しみとはまさにこのこと。
言うは易く行うは難しとはまさにこのこと。
頭の中にイメージはあっても、なかなか思うようには描けません。
頭と手は繋がっていないのだな、そう確信した瞬間でした。それぞれが、別の生き物のように動く様子は、まるでガンダムとコアファイターの初めての合体シーンのようでした。
だんだんコアな話になってきました。
さて、今回の挿絵は一枚。
と思っておりましたら、ボン・ラジさんから二枚でも大丈夫です!というお返事が。
二枚…。
それにしても、イメージを形にするというのは、何という難しさでしょう。
己の浅はかさを大いに反省しつつ、この試練を乗り越えなければ一生未練が残るとばかりに自分を奮い立たせ、ようやく下絵を完成させました。
さっそくボン・ラジさんへ下絵を送ると、
ブレーキランプ3回点滅
イ・エ・スの合図
未来予想図Ⅲが見えてきました。
なんとか書き上げた二枚の挿絵をお送りしたところ、ボン・ラジさんが素敵な音符をつけてくださいました。
ガンダムとコアファイター、見事に合体できました。
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音符と集中線はボン・ラジさんからの援護射撃
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完成した挿絵は、ホワイトベースからすぐにnekotaさんへ発信。
nekotaさんからは、とても嬉しいお返事をいただき、創作秘話(?)の投稿にも快諾いただきました。
nekotaさん、ボン・ラジさん(正しくはぼんやりRADIOさんです)、この場を借りて深く深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
さて、文学フリマもいよいよカウントダウンを迎えました。
2月25日(日)11時より、広島産業会館 東展示館でお会いしましょう!
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※ガンダムへのオマージュを掻き立てられた世界の普通からさんへのオマージュとして↓
<あとがき>
トップ画像は、『Tintin au pays des Soviets』(タンタン ソビエトへ)の模写。シリーズ中、唯一カラーにならなかった幻の第一作。TintinタンタンとMilouミルー(英語名はスノーウィー)の顔が随分違っているのも面白いです。
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