普通にやりたい花見
吾輩は下戸である。父方の血だ。
吾輩の妹はザルである。母方の血だ。
別にこんな漱石みたいに言うことでもないのだが、桜の季節になるとふと思い出すことがある。
我が母方の一族は明るくひょうきんであり、ほぼ全員大酒飲みである。
盆暮れ正月に集まれば賑やかに飲み・食い・喋り、冬に鳥取のカニが手に入ったとあらばそれをあてに日本酒の一升瓶を何本も開け、夏に花火大会とあらば外でバーベキューをしながらビールをあおり、下戸の私と叔母(母の妹)はいつも足りない酒を買いに走らされていた。(前記:ひきこもごものすーちゃんも参照)
いつかの正月なんぞ、私は足りない酒を買って帰る道すがら田んぼのあぜ道で新年を迎えた。ちっともハッピーなニューイヤーじゃなかった。
しかし基本的には皆が潰れるまで一貫して楽しい酒の場であり、飲めないなりに私も叔母も楽しく参加していた。陽気過多で歌い踊り始める者までいる。…まぁそれはほぼ私の母なのだが。
そんなのんべぇ達が花見をすることになった。
私の地元には桜の名所と言われる場所があり、そこはお城を頂上に城下町へと下る石垣にそってモッフリと桜の木が植っている。
地元の人は毎年そこでレジャーシートを広げて宴会をしたり、お城までの石段を登りながら桜を愛でたりして春の訪れを楽しむ。
「隣…あれ、合コンじゃろ?」
隣のレジャーシートでは若い男女が文字通り”春の訪れ”を期待して集まっていた。
しかし不運なことにビール片手に陽気になった私の母に見つかってしまった。
「えぇなぁー。でも全然盛り上がってないな!」
そしてまたまた不運なことに、ノリの良さなら一族でピカイチの母の弟の嫁・その名もしーちゃんに合コンが若干失敗気味なことがバレてしまった。
“春の訪れ”を期待したものの、ミーハーなくせにシャイな岡山県民ゆえ(怒られるぞ)、いざ対峙したものの一向に会話のイニシアチブを誰も取れずにいる状況だった。
(これは終わりだな。早々に解散だ。)と諦めかけた(こっちが勝手に)その時、
「席替え席替え〜!」
「もっと話して〜!なんでもええから〜!」
「酒が足りてないんじゃないかぁ〜?」
「男が話題ふらんかぃ〜!」
若人たちに背を向けた状態のまま、死にかけの合コンへ届けと天に向かってオバさん2人が野次を飛ばし始めた。それを見て爆笑する残りの酔っ払い一族。
もう全員合コン執行妨害で逮捕されてほしい。
ちなみにしーちゃんはシラフだ。
そんな迷惑極まりない一族の宴会で、いつも端っこでニコニコと1人静かに酔っ払うコンパクトサイズの翁がいる。
この翁は私の大叔父にあたる人で、皆からコンちゃんと呼ばれている。
コンちゃんは普段から物静かで温厚だが、誰よりも酒好きで誰よりも酔う。そして皆が気づかぬうちに静かにドンギマりしているので、実は一番厄介だったりする。
宴もたけなわ、そろそろ帰ろうということになり、一族そろって石垣の階段を談笑しながら降りていると、「コンちゃん!!」という悲鳴のような声が聞こえた。
振り返るとコンちゃんの妻・すーちゃんが顔面蒼白で立ちすくんでいた。すーちゃんの足元には、酔った勢いで足元をとられ、石段脇の側溝に頭から突っ込んだコンちゃんがいた。
こんな規模の小さい犬神家があろうか。
無情にも私達は一回、腹を抱えて笑った。
ごめんよコンちゃん。我慢できなかった。
そんな冷酷非道な一族の中にも、瞬時にコンちゃんに駆けより「大変じゃ!血が出とる!おい!階段の下まで車まわせ!病院いくぞ!」と、しーちゃんに指示を出すジェントルメンがいる。母の弟である私の叔父だ。
叔父の鶴の一声で私達は慌てて各所に散らばり、それぞれが駐車場まで走り、車からティッシュやらタオルやらを持って階段の麓に集合し、叔父の嫁であるしーちゃんは猛スピードで車を石段下までまわし、コンちゃんが降りてくるのを待った。
すると叔父に支えられ、小さな体を丸めるようにしてトボトボと降りてくるコンちゃんが見えた。頭からは血が流れ、着ていたシャツにも付着し、見るからに痛々しそうだ。
叔父はガテン系の仕事特有の黒く日焼けしたガタイの良さでしっかりとコンちゃんを抱え、「もう少しじゃ!頑張れ!」とコンちゃんを励ましている。
(優しいなぁ。叔父ちゃんは昔からみんなに優しいもんなぁ。)と感動していると、
「あれ、どう見ても〇〇(叔父の名前)がコンちゃんボコボコにしたように見えるな。」と母が我が弟の姿を眺めながら、隣にいた義妹のしーちゃんに言った。
しーちゃんは義姉の見解に爆笑し、「ホンマじゃ!あの人優しいけど人相が悪いんよなー。」と概ね賛同していた。
麓から石段を見上げると、自分の叔父と大伯父が、借金取りと半殺しにあった夜逃げ老人に見えてきた。
病院までの車中、コンちゃん夫婦以外全員爆笑していた。
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