IPO準備/上場会社でひと工夫 Part.01 - コンプライアンス体制構築と維持のコツ① -
IPO準備会社と上場会社。それぞれ立場は違いますが、意外にもその悩みどころや解決策に共通点があります。ここではその " ひと工夫 " をご紹介します。
今回は、コンプライアンス体制構築と維持のコツについてです。
コンプライアンスに “ ムチ(鞭) ” が必要?
IPO準備会社、上場会社に欠かせない体制構築/維持といえば、例えば内部管理体制、内部統制体制などがあります。そのひとつに「コンプライアンス体制」があります。
コンプライアンスは「法令遵守」と理解されることが多いですが、実際には法令のほかに規則、規範、商習慣上のモラル、業界団体に所属していればその業界ルール、また社内の規程等もこれに含まれます。その会社が置かれている立場によって違いはありますが、遵守すべきものは法令だけでなく様々で幅広いです。
多くの会社ではその遵守すべき範囲をほぼカバーし、これを社内にて周知・徹底していることと思います。ですが、いまだに一部の会社ではこの周知・徹底が不足していて、コンプライアンス違反を理由とした不祥事(発生事実)が発生し続けています。
ただコンプライアンス違反を理由とした不祥事といっても、会社自らが堂々とコンプライアンス違反をしているケースはほとんどありません。私の記事「" 発生事実(不祥事) " が発生しない上場会社の内部監査」シリーズでもご紹介していますが、その不祥事たちの発生原因は、会社のごくわずかな役員、従業員による故意、重過失であるケースがほとんどです。ごくわずかな方々のために、その会社全体に迷惑が掛かりますし、上場会社は適時開示しますので社会的な損失はもちろんのこと、信用信頼の失墜等により企業価値そのものを下げてしまうなど、会社が被る被害は甚大です。会社はこの対応策として、コンプライアンス体制を構築し、上場会社はこの体制維持を実施するのですが、これがうまく機能しないことがあります。
コンプライアンス体制を構築/維持する方法として、多くの会社が実施している対応策の例を挙げてみます。
<対応策の例>
社内規程等の拡充: コンプライアンス条項を入れる。コンプライアンス関連の規程を制定する。
懲罰規定の制定、厳罰化: 就業規則の懲罰(懲戒)規定の制定、厳罰化。懲罰委員会設置規定の制定。
コンプライアンス委員会の設置: 委員会を設置し、全部門から選出された代表者(担当者)による情報共有とコンプライアンス関連の指示・通達の周知徹底を行う。
社内教育プログラムの拡充: 当該プログラムにコンプライアンス関連を入れる。教育受講対象者を全社員とする。階層によって教育内容を変え、階層が上位になるに従ってレベルアップさせる。
上記の対応策の例4点のうち、1、2は会社が従業員に対し一方的にルールを定め、または厳罰化して法令等遵守をしてもらうかたちです。厳罰化は " ムチ(鞭) " ですので、労基法の観点からあまり「行き過ぎた」ものになっては困ります。各地の労働局や労働基準監督署でこのような相談が多いようで、労働局サイトのFAQ・よくある質問ページで懲罰規定に関する内容のものを見つけました。会社側としては、このムチをあらかじめ提示したうえで不正行為等やコンプライアンス違反を抑止しなければなりませんし、厳罰化することでその抑止を強固なものにする必要があるのですが、それにしても先のとおり労働関連法等法令との兼ね合いがあります。それに就業規則の改訂の場合は、皆さんもご存じとおり、従業員側代表者から意見聴取の書面添付も必要です。これらを丁寧に行い、理解してもらったうえで労基署への届出が必要です。会社としてのコンプライアンスです。社内での十分な検討の時間と対応の協議、丁寧な説明と従業員からの理解が必要なのです。
このように見ると、社内規程等の拡充と懲罰規定の制定、厳罰化はコンプライアンス体制の構築/維持に必要な方策(物事を達成するための手立て)ではありますが、これらはあくまで社内ルールを整備しただけで、従業員の皆さんがこれらを業務全般で完全実施するのか?これらの方策の趣旨が浸透するのか?これは「従業員次第」という曖昧なことになってしまいますので、これだけで十分な対応策を講じたとは言えないようです。
そこで1と2を行う前に、十分なコンプライアンス体制の構築/維持に必要な方法は、対応策の例の3と4にあると考えています。
コンプライアンス教育の難しさ
それでは、順番は前後しますが、対応策の例の4「コンプライアンスに関する社内教育プログラムを拡充させる」にはどのようにしたら良いでしょうか?そもそもコンプライアンスに関する教育では何を学ぶのでしょうか?
コンプライアンスに関する教育は、多くの会社でその必要性を求めており、それに応じてコンプライアンス教育プログラムを提供するコンサルティング会社等が多くなっております。その多くは、関係法令や社内規程類、社会倫理等を遵守することをレクチャーする内容になっているようです。私もコンプライアンス関連の社内教育の講師として数回登壇しております。
コンプライアンス教育は非常に難しいです。
コンプライアンスは文字通り「法令遵守」ですので、先のコンプライアンス教育プログラムの多くは、まずコンプライアンスの概念や法令・社内規程等ルールの説明から入ります。これは決して間違いではありませんし、これらを理解したうえで「何をすべきか」を学ぶことは大切です。ただ、ここで重要なのは、学ぶ側の従業員の皆さんの「学ぶ姿勢」と従業員の皆さんが働く「職場環境」、つまり会社自体です。
かなり以前に、これを明確に説明しているたとえ話を聞きました。
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ここに3つの畑があります。
一つめは畑自体が荒れていて、ゴロゴロと石も混じっているような畑です。その畑に野菜の種を蒔いてもその芽を出すことはありません。
二つめの畑は、土壌の表面だけ耕されており、その畑に野菜の種を蒔いたところ、野菜の種は芽を出しますがその根は深くまで根付かず、枯れてしまうか鳥たちのエサになってしまいました。
三つめの畑はよく耕され、そこに適量の肥料と水と良い日差しがあったおかげでその畑の野菜はみごとに成長して大いに実りました。
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ここでお話しはコンプライアンス教育に戻りますが、たとえ話に出てくる畑を、学ぶ側の従業員の皆さんの「学ぶ姿勢」と従業員の皆さんが働く「職場環境」、「会社自体」に置き換えます。
会社がコンプライアンス教育を実施(種蒔き)するにあたって 、従業員の皆さんの学ぶ姿勢と従業員の皆さんが働く職場環境、そして会社自体(畑)は、三つめの「よく耕された畑」でしょうか。ここにコンプライアンス体制構築と維持のコツがあります。
コンプライアンス体制構築と維持のコツ①:畑を耕す
この畑を耕すには、相当な時間と地道な努力が必要です。そもそも人の心を無理やり耕すようなことは言語道断で、絶対に避けなければなりません。そこで会社としてまず着手すべきは、従業員の皆さんが働く職場環境、会社自体です。
皆さんの会社では、コンプライアンスの根本理念やルール(法令、社内規程等)が業務全般に自然と浸透しているでしょうか。業務上のルールがあるからこれに従っているのではなく、たとえそこにルール自体は無くても、会社の経営理念や経営者・役員・上司の皆さんが会社と個々の業務に取り組む姿勢にコンプライアンスが浸透しており、これを従業員の皆さんが見習って業務に励んでいる。このような会社ではすでにコンプライアンスの概念や姿勢がすでに出来上がっており、非常に素晴らしい状況です。ただ、この素晴らしい状況にするためには相当な時間と地道な努力が必要です。
会社は経営理念を事あるごとに従業員に説明して理解してもらい、経営者・役員・上司の皆さんは日々気を引き締めて業務を遂行して従業員の皆さんに " 背中 " (姿勢)を見せていくのです。気を抜けません。これだけでも至難ですが、その背中を従業員の皆さんは見て、頭と心にその姿勢を理解し業務遂行に浸透していく。これは一朝一夕にはできないものです。ですがこの段階を抜きにしてルールを制定し、コンプライアンス教育プログラムを実施しても、荒れている畑または土壌の表面だけ耕されている畑から良い実りがあるということは、あまり期待できないかもしれません。
コンプライアンス教育を実施するのであれば、付け焼き刃で教育を実施するのではなく、来るべき時期に畑からの良い実り、できれば大豊作を期待することができるようにしたいものです。そのためにも、まずは畑を耕すこと、つまり従業員の皆さんの頭と心、そして従業員の皆さんが働く職場環境・会社自体を耕すことをお勧めします。
次回は、コンプライアンス体制構築と維持のコツ②コンプライアンス委員会設置のコツをご紹介します。
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