蛇腹⑦
…
「このバスは……かだま空港行きの直通バスです。途中…て……しゃ…………はありませんのでごっ…っ……下さい。」
自動音声は、初めに耳にしたときと寸分も違わぬ途切れがちの語り口で、聞く側の都合などお構いなしに喋り続ける。
時折強く風が吹く。細かいが意思を持ったかような強さで雪はひっきりなしにバスの窓ガラスに吸い寄せられていく。
行路はもう中程に差し掛かったのではないだろうか。町並みは郊外のそれに替わっている。中心部ほどの往来もなく風景がより白く見えるのは錯覚ではないだろう。
3組の乗客たちに目をやると、どのペアも不自然に密着している事に気がつく。
あるペアは女性の上半身が座席の背もたれに隠れて見えず脚は無造作に通路に投げ出されている。死角の向こうで上半身がしている事など想像するまでもない。
別のベアに至っては女性が男性に対面し馬乗りになっている。頬を紅潮させ、煽動するように僕の目線と交錯させる。
耳を澄まさずとも、上気した男女の息遣いが刻むリズムと、湿気と粘度を帯びた身体から発せられる音階が旋律を奏で鼓膜を刺激する。
それが脳に伝達されるや、愚息は瞬く間に数年来記憶にないほどの最硬度に至った。
そんな状態に陥っても、この展開に僕の心は追随しきれずに、為す術を見いだせていなかった。
何でこんな事になっているんだ?女に身柄を確保されてほんの10数分しか経っていないじゃないか!
女はRedBullを飲み干し、意を決したかのように缶を前の座席に投げつけると、前方の女性がするように上半身を僕の腹の方向へ折り曲げた。
その時、再び自動音声のアナウンスが流れはじめる。
愚息を頬張りはじめた口のまま、女はこう言った。
「ほはぁ、はっはひひはふひゃはい…」
それが僕の間違いを指摘してする言葉だとすぐに理解した。
「このバスは、あかだま空港行きの直通バスです。……」
不調だったアナウンスが、なぜかこの時からはっきりとした口調で案内を始める。
……?あかだま…空港…?
だが、考えている余裕はなかった。
女がフルート奏者のように舌を這わせる。屹立した状態の固体とは裏腹に、動揺が最高潮に達した僕には、その舌の動きを素直に性的興奮に転換させる事ができずにいた。
すれ違うトラックを操る、赤ら顔のおじさんと目が合った。その右手は拳を握っているように思えたが、よく見ると繁華街に立つ客引きが見せる、親指を人差し指と中指の間から突き出したポーズだった。その表情はすべてを悟ったかのように満面の笑顔だ。
頭のどこかで「カチン!」と音を立ててスイッチが入った。
…つづく