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仕事に貴賤などない。ある意味。 ~映画『ラストマイル』~

 かれこれ一か月近く前の事だが、今話題の映画『ラストマイル』を観に行った。

 当作品は『アンナチュラル』や『MIU404』などの話題ドラマを手掛けた制作人による映画であり、両作品の世界線とも繋がるシェアードユニバース作品だ。両作品とも、仕事とヒューマンドラマがテーマになっていると思われるが、『ラストマイル』においてもその軸は変わらない。

 『アンナチュラル』では法医解剖医と不自然な遺体の謎、『MIU404』では機動捜査隊と社会問題による事件、そして『ラストマイル』では大手物流企業と労働の複雑な課題が描かれていた。

 過去のドラマ2作品は遺体が出てきたり犯罪がテーマであったため、我々は「もしかしたら "最悪" 自分も同じ身になるかもしれない」と思わせられるくらいだった。しかし『ラストマイル』は違う。当作品における被害者にも加害者にも周りの関係者にもなってしまう可能性が我々には十分にある。労働というものが存在する限り。

 あらすじというほどではないが当作品は簡単に言ってしまえば労働による過労で人生が狂ってしまった者達の壮大な復讐と、それに立ち向かう者達の未来を変えようとする物語である。

 当作品の凄みは、話題になり始めた物流業界の超過労働問題がテーマに入っている、という部分だけでなく、大手企業にスポットを当てたというところだ。
 誰しもが中小企業や零細企業で働くよりは大手企業で働きたいと思うはずだ。それはなぜか?キャリアのためだと考える者もいるだろうが、物価が上がり続け、経済的な課題が山積みな現代、賃金や安定さを求める者や恵まれた労働環境を求める者もいるだろう。
 大手企業というのは常に革新的であり、最先端であり、成長を続けるためにどうしても魅力的に見える。

 しかし我々は当然の前提を忘れていないだろうか。大手企業が売り上げを伸ばし続けているのは溢れるばかりの需要に応え続けているからだ。そしてそれを必要とする声が多く寄せられ続けるからだ。
 つまりその分、仕事量は増える。やりがいはあるのかもしれない。しかしやりがいだけで自分の限界を超えることは中々容易ではない。
 今まで仕事がテーマの作品では、スポットが当たりにくい業種や職種が取り上げられていた。
 しかし当作品では誰もが利用するサービスと大手企業が取り上げられている。医療でもない、警察でもない。弁護士でも教師でも救助隊でもない。しかし今の我々にとって同じくらい必要不可欠な仕事、それが物流である。

 また、本編を観ていると我々がいかに物流・通販に依存していたかを痛感する。
 我々の依存により、日常を犠牲にしてまで仕事に明け暮れる存在がいることも理解はできる。しかし我々が物流・通販に頼ってしまう理由、そこにも労働の課題があるのではないだろうか。

 我々がなぜ頼るのか。その理由は時間の無さや、より安価なものを求めているという背景があるだろう。なぜ時間に追われるのか、なぜ安価なものを求めるのか。人により事情は様々だと思われるが「仕事が忙しい」「低賃金で安価なものしか購入できない」という理由もあるだろう。
 また、労働とは別だが若者は経済的に安価なものしか買えない場合が多い。

 そのため、比較的安価な商品が多く、セールが行われやすく、ポイントなども付きやすい通販サイトに頼ってしまうことは仕方ないともいえる。例えどれだけ「低賃金で労働している人たちがいるから良くない」だとか「品質が良くないから買わない方がいい」と言ってもそこでしか買えない者がいるという現実を知っておかないといけない。

 また、さらに違う視点から見ると我々の依存の根底に「どれほど日々が満たされているか」という問題もあるだろう。
 本編の重要なメッセージにも触れてしまうのだが、我々は本当に欲しいものを手に入れようとしているのか、という疑問がある。
 SNSの発達により、自分とは違う華やかな生活をしている者が目に入るようになった。そこで現実の自分と比べてしまい、何かで満たされたいと、物を手に入れることに執着してしまいがちだ。

 キラキラしている高所得者やフリーランスが仕事終わりや休日に、都市部でショッピングやグルメを楽しむ。自分もその憧れを手に入れようと、わずかでも興味を持った物を衝動で購入したり、流行りの物を欲しいか欲しくないかで判断せずに手に入れようとする。
 どれほど物で満たしてもそれだけではキラキラしている高所得者やフリーランスにはなれないのに。

 仕事をして生きている以上、職業に貴賤はない。それはどんな仕事をしていても平等に敬い合うべきだという意味でもあるし、同時にどんな地位でも課題は様々あり、どちらの方がより良いなどと比べられるわけではないということでもある。
 隣の芝生は青く見える、とよく言うがまさにその通りで、どんな組織に属していてもそこにしかない喜びと辛さがあるのだ。

 当作品では終盤、大手企業サイドの課題点を明らかにした一方で、トラックドライバーという過酷な労働者の立場が僅かながらに報われる描写がある。この対比でようやく双方の立場関係がフラットになり始めたのではないか、と私は思った。

 まだ未鑑賞の方は是非『ラストマイル』を観て、労働の現実と、物流の課題について考えてみると面白いかもしれない。そしてラストに投げかけられるいくつもの問いに想いを馳せていただきたい。



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