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人生、やっぱり勉強やな

脳梗塞で手足に軽い麻痺があっても、一人暮らしを続けていたおじいちゃんがいました。
ケンさん94歳です。

ケンさんは、家の中を杖をついて歩いていました。
すり足ぎみで歩いていましたが、玄関の段差の昇り降りも、手すりを持って自分で移動していました。

ケンさんには、週1回の訪問看護師さんが来ていました。
担当の看護師さんがお気に入りで、いつも訪問を楽しみにしていました。
というのも、看護師さんから病気のことや体の状態のこと、健康のことなどを色々と教えてもらっていたからです。

ケンさんは94歳という年齢でも、とても勉強熱心で、自分の知らないことなら何でも、看護師さんに聞いていました。

私たちは訪問したときに、その日の体調を確認するために、利用者さんの体温や血圧、脈拍などを測ります。

その他にも、指先に挟む機械で、動脈の中の酸素濃度を測っています。
その機械を見て、ケンさんは、「その機械は何を測っているの?」と看護師さんに尋ねました。

看護師さんは「あっ、これは酸素濃度を測る機械で、指先に挟んで動脈の中の酸素がどれくらいあるかを測定しているんです」と答えました。

すると、「いくつだったら大丈夫なの?」と即座に尋ねました。

看護師さんが「95以上あれば大丈夫ですよ」と答えると、

「わしはいくつや?」とケンさんが聞き、
「98で大丈夫ですよ」と看護師さんが答えていました。

疑問に思ったことはすぐに聞いていました。

病気のことについても、健康のことで不安に思っていることについても、ケンさんはその都度よく聞いていて、よくメモを取っていました。

「人生、やっぱり勉強やな」
ある日、私が訪問したときに、ケンさんは笑いながら仰っていました。

ケンさんは、お気に入りの看護師さんと話をするのが楽しみで、毎回色んなことを聞いていて、よく勉強していました。

実は、ケンさんは、老後に困らないようにと退職するまでに、一生懸命貯金していました。
そのおかげで、94歳を超えていても、元気に一人で暮らしていました。

ケンさんは、「貯金の金額は、サラリーマンの生涯年収の倍ほどあるぞ」と自慢げに仰っていました。

私はその貯金の方法を教えてもらおうと思って、「どうしたら、そんなに貯金できるんですか」と、単刀直入に質問しました。

そしたら、ケンさんはニッコリと笑って、
やっぱり、勉強やね」と答えました。

私は何か錬金術のようなものがあるのかと期待していましたが、王道の答えを言われてしまい、見事に裏切られました。
「アハハハ」とケンさんは大笑いされていました。
今でも、その顔が忘れられません。

ある年の3月に、担当の看護師さんの他の地域への転勤が決まりました。
お気に入りの看護師さんが転勤になるのを聞くと、「きっとケンさんは寂しがるだろうな」と、スタッフみんなで話をしていました。

その看護師さんが、次の訪問でケンさんに、転勤することを伝えようと思っていた数日前に、ケンさんが自宅で亡くなられた知らせを聞きました。

寒い時期が過ぎて、これからだんだん温かくなる時期が来る矢先のことでした。
「きっと、ケンさんは、その看護師さんじゃないとダメだったんだ」
訃報を聞いたスタッフ全員が、そう思いました。

「その看護師さんと話をして、もっともっと勉強したかったかもしれませんね」
息子さんが涙ながらに言った言葉が、心に残りました。


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