「とんび」瀬々敬久監督の緻密で正攻法な演出に唸る作品。役者が全て生きている!
2度のテレビドラマ化作品は両方とも観ているが、それと比較するのは意味がないくらい、きっちりできた映画に仕上がっていた。瀬々敬久監督だから、そんな変なものは作らないだろうとは思ったが、多くの人がが知ってる話を、気負いなく濃厚な139分で作り上げたという感じ。
とにかく、役者がみんな良い!昨今騒がれているパワハラ、セクハラなんかが蔓延する現場だったら、絶対にこんな映像の空気感は出せないと思う。そういうのって、映像に確実に出ます。だから、怒号が飛ぶような現場ではいい映画は撮れないのです。時にこういう性善説的なものは無理でしょう
あと、この話も世代を受け継いで行くような話ですよね。昭和37年から令和元年までの60年弱のお話。昨日書いた「カムカムエヴリバディ」も100年の三代の物語だったが、似たようなところがある。そして、今のパンデミックを始め様々な問題を抱えている私たちにとっては、人が未来に受け継ぐものみたいな題材は、すごく沁みるものがある。ある意味、地球やこの人類への危機感みたいなものが頭の片隅に感じるのだろう。そういう意味では、今年この映画が公開されることはすごく意味があるように感じた。
そう、若い人に見てもらいたいと思うのだが、郊外のシネコンの観客層はほとんど高齢者、そして歩くのやっとみたいな人も多く、若い人はあまりいなかった。阿部寛のファンはそういう層なのか?そして、2時間19分の映画は長いので、トイレ立ちの人も多いし、携帯は鳴るは、お菓子食べてるのか知らないがビニール袋のザワザワ音、そしてお年寄りの変な舌打ちの音とか、まあ、昔の映画館かここは?という環境で見ていたのだが、その空気感が映画にあっていたりするのも不思議だった。そう、昭和って、今に比べて自分勝手でよかったのかもしれないなと感じるところがあった。
この話の主人公は、まさに昭和の男である。この映画では令和元年に死ぬことにされていたが、こういう人は昔は街に一人はいたものである。だからこそのベストセラーだろうし、重松清氏は、私より少し年下だが、同世代と言っていい。その感情を揺さぶるような人物像を見事に描き上げたのがこの作品だったのだろう。だが、この映画が決定版で、この後の映像化はなかなかしにくいくらい、阿部寛の主人公、安男は見事な存在感を示していた。
それより、何より、女優さんたちの演技に全て◎をあげたい。瀬々監督の演出力というか、こういうしっかりした演技を見せていただけるのはもちろんだが、本当に映画館でそれを観られた時の嬉しさったらないですね。まず、出番が少ないが本当に綺麗なお母さんを演じている麻生久美子。今までみた彼女で一番綺麗かも。そして、自分の娘に涙流さないように演技する薬師丸ひろ子。これも、涙腺崩壊のシーン。あと、大島優子や杏も、今までにない感じの柔らかい演技が本当に良かった。全ての演技者が、見事に映画の中の有機的なパーツとして働いている。最近の瀬々作品、全てに同じことが言えると思う。ある意味、私が思う映画らしい映画が撮れる唯一の日本人監督だと思う。正直、彼にアカデミー賞とか撮ってほしいんですよね。ある意味、こういう日本的な題材でね。
映画は、原作を離れ、主人公が亡くなって終わるのだが、息子が直木賞を取っているというのは、原作者への気遣いというか、なくても良いところには感じるが、…。そこで、北村匠海の息子が井之脇海、田辺桃子というのも贅沢なキャスティング。
日本映画、このくらいの質で皆が争ってくれると本当に面白くなりますよね。そんな希望の持てる映画でした。