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「アトムの童(第6話)」自分たちの夢見る場所が想像できれば、そこに帰ってこられるということ

先週のとんでもない終わり方で、これは怒りの復讐編に変わるのかと思ったら、そんなことはない、全く先週とは違う心地よい再生の回となっていた。憎しみよりも、自分たちのやりたい夢を追いかけ、その再生の場所に辿り着くということを主題に持ってきて、新しい会社の名前が「アトムの童」。タイトル回収で、ここからがドラマの本当のテーマの追求という感じなのだろう。

会社を奪われて一年後、松下は玄里のつながりなのだろうが、自動車メーカーで自動運転のAIとの連携ソフトを作っているようだ。そして山﨑は、自動車整備のアルバイトと、何故か学童保育の先生。そこで子どもたちにゲームを作って遊ばせていた。岸井は、銀行に契約社員で戻り、でんでんと塚地は、サガスで働いているという構図。みな、物足りないものを抱えながら、という雰囲気がすごくうまく出ていた。

そして、山﨑が学童でゲームをするなど問題だと、母親から禁止されてしまう。松下から、自動車のグラフィックを見せられ、学童の児童の母親の1人、加藤ローサから、子供が1人で安全に通うことの難しさを聞き、ゲーム上のバーチャルな街で、児童が安全に歩けるようなシミュレーションを考える。このゲーム作りのアプローチが、今回のメインストーリーなのだが、彼らがゲームを作り出すと、ドラマも軽やかに動き出すのがいい。そう、彼らが働く先には「楽しい」という暗黙の了解みたいなものが存在するのだ。その末に、ゲームが保険会社に売れて、元のアトムの家を買い戻すことができるという6回目だった。

今回は、オダギリジョーは、冒頭で、国の有識者として位置付けされたことが語られるが、それ以外は出てこない。まあ、殺した相手の再生に興味もない時期ではあるだろう。

主役の2人が、オダギリが考えないであろう、「シリアスゲーム」という領域に気づいたのは大きいのだろう。あくまでも、山﨑と松下の思考回路と、オダギリのそれが違うということが明確に表現される感じ。しかし、この「シリアスゲーム」というものに関しては、私もよく知られなかったが、社会を動かす過半数がテレビゲームで遊んで育った世界になれば、ビジネスさえもゲームで覚えていくのが必然になっていくのだろうと思う。この切り口は、もう大きく切り開かれているのでしょうね。興味深かった。

あと、私の大好きな加藤ローサが連ドラに帰ってきたのは嬉しい限り。変わりなく美しい人だが、リアルでもお母さんをやってるわけで、母親役がすごくしっくりきていたのに感動してしまった。この後も、出てくるのだろうか?出てきていただきたい!

ある意味、すごい自然な形で再生ができた回であり、ここでタイトルが回収されたということは、この再生の部分は、脚本作りの中でかなり重要だったのだろう。先週の無理くりな「アトム玩具」買収の話に比べて、見ていてしっくりきた。

次週はオダギリ側に不穏な流れが出てくるようだ。まあ、下手に会社のガタイが大きくなっているわけで、色々あるでしょうな。とりあえず、ここから後半、着地点がどこにくるのかはよくわからないが、面白くなってきたことは確かだ。

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