「春になったら(第9話)」色々とクライマックスを迎えてる感が刹那くもあるが、そこに愛を感じさせるのがたまらないですね
まだ、次回は最終回ではないのかな?でも、だんだんと忙しくなってる感じが次回予告にも出てきてますよね。まあ、最初から、このドラマは結婚式と葬式を一緒にやるようなドラマだと思っていたので、その通りになっていって安心して見ていられるわけだ。そして、春を迎えるにあたっては福山雅治の歌声がしっくりきますよね。彼の声は、もう日本の春の声です。大したもの・・。本当に「ひとみ」という名の娘がいる親だったら、自分の家の歌だと思うでしょうね。
で、このドラマ、回を重ねるごとに、木梨憲武と奈緒の会話の部分がドキュメントタッチに見えてきている私です。多分、木梨の棒読みのセリフがそのテイストを作るのにうまくいっているのである。そう、彼の芝居を下手だというネットの声も多かったようだが、これでいいのですよ。一人の男が60そこそこの人生にけじめをつける話。そして、そこには人生の中でいろんな喜怒哀楽があったことを話さなくても伝えてくる感じがいい。ある意味、この父親役を木梨以外に誰にやらせるかと考えたとしても、このテイストにはならない。前回の退所式のシーンもそんなことを思ったが、病院に運ばれてしまった今回。なんか、悔しいよね。そう、視聴者がそう思えてくればドラマの勝ちである。
今回の初めの方は、結婚式の料理の試食をしながら、それにカットバックする木梨の葬祭場の見学が入ってくる。この作り、演出する方は、上手い感じになるかどうか、結構ドキドキしそうな感じだが、うまく嵌っていたし、それぞれの当事者の思いもうまく出せていた。
そして、その後に続く、奈緒と仲間の3人の遺影撮影シーン。こういう遺影撮影できることって、終末がわかってる人でもなかなかできないよね。そして、思いっきり弾けた自分をそこに表現しようとする木梨の姿も素敵であった。彼自身、本当に亡くなるのはいつだかわからないが、どんな遺影になるのか楽しみなところはある。そう、他に何かサプライズなものは残そうとしないのですかね。まだ、結婚式と葬式の後先もわからないが、脚本家はどのように視聴者を納得させるのかは、とても楽しみなところ。
そして、後半のサプライズは「タイムカプセル」。小学校の庭に埋めたのに、個人のそれだったんですね。よく、昔は学年のタイムカプセルなど埋めてましたよね。ちょうど、それが流行ったのは1970年の万博の頃だと思う。あれからもう54年が経っている。そろそろ掘ろうという人も多いのではないか?そして、ここにあるように、埋めた小学校自体が無くなってるみたいな人も多いだろう。こういうタイムカプセルの話題あったら、みんな、YouTubeに流して欲しいですよね。そして、今の子供達もタイムカプセルを埋めて欲しい。でも、開発の繰り返しが激しい都会ではそういう記念物を50年確実に預かります的な商売もできそうな気がしますけどね。
で、中から出てきた、ミニカーと石、駒、写真に手紙。まあ、こんなものでもすごく嬉しいですよね。本当に、こんな些細なシーンで涙腺が崩壊するドラマは良いですよ。
そして、濱田岳、一晩交番でご苦労様でしたが、次回はブレイク?すごい楽しみです。